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『大空』奥村由布子

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 季節外れの暖かい夜だった。
 飛悠は大きめのスーツケースを手に、地下鉄の駅に降り立った。
 初めての電車、初めての駅、初めての土地。そして、初めてのホテル。
 臆病がちな飛悠にとって、それらは決してワクワクすることではなかった。心細い気持ちを、さらに震わせるだけだった。
 もっと寒ければいいのに。彼は思った。凍えるような風が吹いていたり、牡丹のような雪が降っていたりするならば。そうならば、自分の縮こまった背中や、下を向く歩き方の言い訳にできるのに、と。
 A4出口を出て徒歩三分。大通りから小路に入ると、和風の暖簾が掛けられた入り口が
見える。ホテル『大空』。七階建てで、外観はホテルというよりも、瀟洒な小型マンションのようだ。
 暖簾の前で躊躇っていると、中から柔らかい声が聞こえた。
「いらっしゃい」
 ませ、の音は、向かい合わせで聞いた。
 割烹着姿の小柄な女性。初めて会うのに、どこか懐かしい笑顔に感じた。
「杉光飛悠様ですね?」
 名乗る前に呼ばれて、飛悠はどぎまぎした。
「は、はい」
 それだけ言うのが精一杯だった。電車の中で用意した「お世話になります」や「宜しくお願いします」は、出口を見付けられず、喉の奥深くに引っ込んだ。
 部活をしていた頃は、ちゃんと言えたのに。飛悠は思った。中学と高校の六年間、野球部で最も厳しく躾けられたのは、挨拶であった。
部活の監督や先輩はもちろん、練習試合を観に来てくれる地域住民や保護者にも、きっちりと挨拶をしなければいけなかった。 
 けれど。引退して、髪の毛が伸びて、大学受験の準備を始めると、挨拶の習慣はあっという間にどこかへ消えた。
「明日のお帰りまで、お荷物はお預かりできます」 
 数秒後、その言葉の意味をやっと理解した後、飛悠は小さく頷いた。
 明日の土曜日。チェックアウトを済ませたら大学受験の会場に行く予定だと、ネット予約時に入力してあった。スーツケースは確かに、会場へ持ち込むには目立ちすぎる。中学生に間違えられる体格の飛悠が持っていたら、なおさら、だ。
「お部屋は三〇一号室です。ごゆっくりなさって下さい」
 カードキーを渡されたときに触れた手も、とても柔らかであった。そんなことを思う自分が恥ずかしくて、飛悠は無言で会釈した。

 三〇二号室では、真美がシャワーを浴びていた。汗はかいていなかったが、一年分の罪と涙を、きれいさっぱりと流してしまいたかった。
 彼女のひとり息子は、明日、大学受験に臨む。初めて、ではない。昨年、玉砕した志望大学に再び挑むのだ。
 自分の息子なのに、いや、自分の息子であるからこそ、真美には意味がわからなかった。
 推薦受験なら他の大学に入れたのに。高望みばかりして、また今年も失敗したらどうするの。
 どうしようもない不安な気持ちを、そのまま、息子にぶつけてしまう。その言葉は凶器となり、彼を傷付けてしまうと、わかっているのに。

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