山盛りサラダが運ばれてきた。部活で上下関係を叩き込まれた名残からだろうか、飛悠は、自然にトングを握って取り分けていた。
「嘘です。本当は、これからの人生を考えるために来ました」
「これからの人生?受験前日に?」
明夫の問いに、飛悠が答える。
「はい。受験前日、だからです」
どう説明したらいいのだろう。言葉がうまくまとまらなくて、飛悠は、顎に手を置いた。
「大きな手だわ」
真美が、しげしげと見つめる。
「野球をしていたんです」
飛悠の告白に、明夫が反応した。
「なるほど。大学でも続けるのかい?」
飛悠は即座に首を振った。勉強の傍らボールに触れる。それは気晴らしにはなるかもしれないが、飛悠にとっての選手生活は、致命的な怪我をした最後の試合で、完結していた。
丁度良かったのよ、高校野球はお兄ちゃんの夢だったから。その後は、A大学を受ける予定だったのよ。満足そうな母の声は、夢の中でいまも飛悠を苦しめる。
「本当は、親が決めた大学なんて受けたくない」
真美が、スープ皿から顔を上げた。
「どういうことかしら」
「専門学校でも大学でもいいから、自分で探したいんです」
思わず声が大きくなったことに気付き、飛悠は呼吸を整えた。
「ただ反抗するだけじゃ納得してもらえない。具体的なプランはあるのか?」
「スポーツトレーナーの資格を取りたいんです。ぼくと同じように、体格に恵まれない子どもたちを支えたい」
一気に語ってから、飛悠はコップの水を飲み干した。
「言うべきよ」
真美のげんこつが、テーブルを叩いた。
「そりゃあもちろん、親御さんは反対するわよ。でも、でもね、反対されるようで諦めるような夢なら、最初から抱いてはいけない」
真美はローストチキンを掴むと、力強くかぶりついた。大皿に取り残されたチキンを、今度は、明夫がトングで分けた。
「そうだな。その通りだな」
明夫の低い声を聞きながら、飛悠もチキンを噛み締めた。
「実はね、息子も明日、そこの大学を受ける予定なの」
少し恥ずかしそうに、真美は口元をナプキンで拭いた。
ほお、と、明夫が頷く。
「浪人までしちゃってね。また失敗されたら困る側としては、身分相応の大学でいいのに、安全圏でいいのに、なんて思ってしまって」
真美が、小さく震えた。
「『でいいのに』なんて、息子には、息子の人生があるのにね。親にできるのは、信じてあげることだけなのに。キャッチボールで喜んでくれた幼い頃は、わかっていたのに」
飛悠の胸がちくりと痛んだ。けれど、乗り越えるべき、乗り越えなければいけない痛みもあるのだと、真美の涙に教わった気がした。
「あの大学には二浪なんて、ゴロゴロいますよ?」