聡は何も言えなかった。目元が涙で濡れている。彼女は話を続けた。
「何かに挑戦して失敗したからって何なのよ。目標を掲げて挑んだ分だけ、他の人より沢山経験できたじゃない。失敗がダメなことだって誰が決めたの? 人間は間違うから覚えるの。失敗するから成功するの。この意味わかる?」
聡の唇は震えていた。これまでの人生で自分が失敗した出来事しか頭に残っていなかったのかもしれない。それが足かせとなり、長い年月を経て『恐怖』という大きな檻に変わっていったのだ。
「才能もお金も関係ない。下手でもいいからあなたの情熱が相手に伝わればいいんじゃないのかな。これまで、何のために書いていたのか思い出しなよ」
「何の、ために……?」
聡は涙を拭いた。
「そうだ、みんなのために……そして、自分のために書いていたんだ……。僕は、物語を書くことが――楽しかったんだ」
聡はふと顔を上げると、麻衣も潤んだ目をして見つめていた。
いつの間にか、ラウンジの客は二人きりになっている。
聡は砂糖がついた自分の指を擦り合わせた。指先にはペンだこができている。何度も書き直し、それを駄作に感じ、破っては捨ててまた書き直す。
いつか、誰かに読んでもらえる日を願って、彼は書き続けたのだ。
「あまかった……甘過ぎたんだ、僕の人生は。がんばれる……まだ、やれるんだ。前に進めば、きっと……」
聡の目から、ぽたりと滴がこぼれ落ちた。
「いつかきっと――夢は叶うんだ」
麻衣はその言葉を聞いて、にっこりと笑った。
「あきらめないで続けるべきよ。何度倒されたって転んだって、立ち上がって挑戦するの。疲れたら……そうね。このホテルで休めばいいんじゃない?」
二人は、くすっと笑った。
「誰かに勇気や元気を与えられる人ってなかなかいないのよ。そういうものを作ったり、語ったりする人は挫折とか後悔っていうか、数えきれないほど失敗をしてきたんじゃないかしら。芸術とか創作って言葉では言えないぐらい難しいと思うけど……苦しむのは、その人に才能があるからだと思うの」
彼女の言葉を聞いて、聡の表情が変わってくる。
「あなたなら、きっとできる」
聡の顔つきが変わり、勢いよく立ち上がる。
「よーし。もう一度、やってやるぞ!」
聡は破ってしまった原稿をかき集めた。
「せっかく書いたのにね」
麻衣が腰に手を当てて言った。
「また書き直せばいいんですよ! 何より書いているときが一番楽しいですから……あれ?」
聡は首を傾げた。麻衣が覗き込み「どうしたの?」と声をかける。
「これ、僕の脚本の原稿用紙じゃないですね」
「……え?」
麻衣は破かれた茶封筒と中身の紙の束を確認する。聡は見えた文字を読んでみた。「早瀬、あさごろも? あっ……」
「ええっ、なんで! これ、私の資料じゃん!」
麻衣は破れた紙を奪い取った。聡は動揺しながら思い返す。
「でも、これ僕の茶封筒だし、あのときちゃんと――あっ」
麻衣は振り返り、聡を見た。
「もしかして、あんたの『茶封筒』に、私の落ちてた資料を入れ間違えたんじゃないでしょうね」
聡は動きが固まった。嫌な汗がにじみ出てくる。
「えーと……すいません!」
「何してんのよ! 大事な資料入れ間違えて、おまけに破り捨てるなんて! もう信じられない!」
「じゃあ、僕の脚本の原稿は……?」