「いいわよ、別に。もう怒ってないから」
「僕って、いっつもこうなんです」
聡はソファーの背もたれに体を寄せた。
「人生って、そううまくはいかないものですね」
麻衣は指を動かしながら「何かあったの?」と訊いた。
「あなたのように仕事を淡々とこなせる人が羨ましいんです。大きな夢だけを抱え込んで、何一つ達成できずにいる自分が嫌になりました。闇雲に走り回ってチャンスを探し続けたら……なんだか疲れちゃいました」
麻衣は手を止め、彼を見る。聡は茶封筒と鉛筆をテーブルに置いた。
聡は二十三歳で映像会社を退職し、趣味の執筆活動に専念した。
それから七年もの間、自分の脚本を書いてはテレビ局や映画会社へ持ち込んだが、どこからもいい返事をもらえなかった。
しかし、今年の十一月。京都・太秦で大作映画の撮影が行われることをシナリオ雑誌で知り、撮影所に脚本を持ち込もうとしたがうまくいかず、『楽縁』へとやってきたのだ。
長い間、構想を練り、死に物狂いで書き上げた脚本が誰の目にも触れられず、そのまま永遠に袋の中で寝かされたままになってしまうのかと思うと、自分のやっていることが無駄だったように思えてしまう。
気づけば、これまで失敗した出来事を彼女に打ち明けていた。
「ふうん……脚本家か」
「まだ『脚本家志望』です。プロの脚本家さんたちに失礼なので間違えないでください」
麻衣はムッとし、口を噤んだ。
「そりゃいきなり『読んでくれ』って持っていくなんて無謀すぎるでしょ」
「茶封筒すら受け取ってくれないんです。今日の朝も撮影所に行ったんですけど、お休みだったので」
「事前に調べて連絡しなさいよ」
「慌てて東京から出てきちゃったもんで」
「わざわざ東京から来たの?」
麻衣は驚き、背筋がピンと伸びた。「無計画だけど行動力だけはあるのね」
「母親似です」
聡は頭を掻いた。
「撮影所の警備員にあなたの携帯の電話番号渡しておけば?」
「僕、携帯電話持ってないんですよ」
「……え?」
少しの間、沈黙。
「またまたあ……」
「本当ですよ」聡は真顔で言った。
「何で持ってないの?」
「え、だって……いります?」
「いるわよ」
聡は財布から猫のテレホンカードを取り出して彼女に見せた。
「僕、これ持ってるんで」
「何それ、公衆電話のやつ?」
「最近、町になくて困ったもんです」
「困ったのは、あんたのほうよ。いい大人が携帯電話持ってないなんて……お仕事に必要でしょ」
「仕事してないんで」
麻衣は再び黙り込んだ。
「あ……無職なんだ」
「いえ、『脚本家志望』です」
「うん……えっと……。どう言ったらいいのかな。ちょっと考えさせて」
麻衣は腕を組んで考え込んだ。聡は角砂糖をもう一つ食べる。
「すいません、お仕事中に僕のくだらない話なんかしてしまって」
「いいのよ……もう仕事する気失せたから」
「できれば、年上の方に助言を頂きたいのですが」