月曜日に珍客があった。十時ジャストだった。つまりは、そこに立ってすぐだった。いや実の娘に対してそう呼ぶのは間違っているかな。最初、ホテルの入口から入って来た私服の彼女が誰だかわからなかった。見たことのない服だったし、それに見慣れた髪型でもなかった。まあ、新しい服を買ったのだろうし、美容院に行ったばかりだったらなんの不思議もないわけだが、わたしはまったく気づかなかった。東京から離れたこの土地に、彼女が冬休み前の月曜日にひとりで来るなんて想像もしてなかったからかもしれない。考えてみれば、娘とこんなに長く会わなかったことはなかった。高校生の娘はいま、すごいスピードで大人になっているのだと気づかされた瞬間でもあった。
「ウケるんだけど」
わたしの前に立った娘はそういった。
その声、その瞳で、ようやくわかった。
「ゆりあ」
「なんか、ベテランのベルボーイに見えるよ」
「そうかあ」
「ほめてないわよ」
「相変わらずだな」
「いってみれば、ベルオールドボーイね」
フロントの五郎丸先輩が笑った。
娘が見やった。先輩は、すいませんと頭を下げた。
「あっ、父がお世話になってます」
「あっ、いえ、こちらこそ」
娘は、外面はいい。
「学校は?」
「九州で大会があったの」
「詩のボクシングの?」
「詩のボクシングの」
「今日学校は?」
「今日祭日だけど」
「わざわざ寄ってくれたのか」
「素通りはできないでしょ」
「で、勝ったのか」
「負けた」
「そうか」
「天才のDNAは受け継いでないみたい」
「天才とは誰よりもそれが好きな人間のことだよ」
「またカッコいいこといって」
「もう帰るのか?」
「切符買ってあるから」
「そうか」
「まあ、がんばって」
娘はそういうと、きびすを返し、ホテルを出て行った。
フロントから先輩が出て来た。
「めちゃくちゃ美人じゃないですか」
「父親に似なくてよかった」
「奥さんもめちゃくちゃ美人なんですね」
そのとき、エレベーターが開いた。チェックアウトの時間はわたしがいるから過ぎている。二日目と同じ人だった。先輩はフロントに戻った。わたしは挨拶した。そのお客さんは、わたしを見てなにかいいたそうだったが、なにもいわずにフロントに行った。
その夜、ネットで詩のボクシングの全国大会の結果を調べた。全国の地区予選を勝ち抜いた十六人の高校生によってトーナメント形式で争われ、娘は準決勝で敗れていた。
クリスマスも過ぎて、街はお正月への準備に入っていた。仕事は、まあ仕事と呼べないかもしれないが、一応、仕事は順調だった。たまにお客様から聞かれることもあったが、ほとんどが日頃の学習のおかげで答えられた。どうしてもわからないときは、フロントへ案内し、わたしから質問内容を伝えた。
フロント主任は不知火さんという方だった。不知火さんは、わたしよりわずかに年上だった。わたしはいつも惚れ惚れしていた。あれほど主任さんみたいに美しく接客はできない。もともと職種が違うのだから当たり前かもしれないが、技術うんぬんより、見ていてあれほど相手を気分よくさせる雰囲気をわたしは持ち合わせてはいない。人としての大きさを主任さんには感じた。主任さんとは一度飲みに行った。繁華街にある居酒屋だった。主任さんは、いまは独り身だった。最近離婚したそうだ。意外だった。こんなに器が大きそうな人なのに。
「意外、ですね」