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『仮初めベルボーイ』いわもとゆうき

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 エレベーターの階数ランプが点灯して下りてくる。一階について、ドアが開く。サラリーマン風の中年男性が降りてきた。チェックアウト時間は過ぎている。
「おはようございます」
 わたしは小声でいう。
 中年男性はわたしを一瞥し、フロントへ行った。
 二日目が始まった。

 
 そして二日目の勤務も、無事に終わった。無事に終わるようになっているから、そうなる。妻にもいったが、ペナルティは甘んじて受けなければならない。その覚悟でここに来た。昼休みはちゃんともらっている。十二時からの一時間。一時間何しているかというと、着替えてから、見つけてあった近くの喫茶店でランチをとって過ごしている。ずっと立ちっぱなしなのでとにかく座っていたかった。そのうち立ちっぱなしも慣れてくるのだろうと思う。スポーツはやらないが、両親がありがたいことに丈夫なカラダに産んでくれたからそれほど苦にはならない。それとこれまでずっと頭をフル回転していたような仕事だったせいで、ホテルの中からガラス越しの通りの景色だったり、ラウンジの人たちだったり、ロビーの一角にある小さな喫茶店を眺めているだけでも、どこか気分はふわふわしてきて楽しかった。さらにはホテルの管理部や営業部や他の宿泊部のスタッフたちが、わたしを見ると必ずといっていいほどひとことふたこと話しかけてくれた。だから退屈もしなかったし、居心地の悪さも感じなかった。 

 
 さらに一週間が過ぎた。ふだん気づくことはないが、表通りのイチョウ並木がわずかに色づき始めていた。ロビーの一角にある小さな喫茶店には、表通りからもホテルの中からも入れるようになっている。色づいたイチョウを思わせるようなエプロンをつけたマスターは二十代半ばくらいの若い女性だった。小さいこともあって、ひとりですべてこなしている。モーニングには、出勤前のサラリーマンやホテルに宿泊しているお客さんも利用していると五郎丸先輩から聞いた。昼休みの時間にすいていれば、いずれそこでランチを食べたいと思っている。
ああ、しかし楽だ。しかもプレッシャーがないので時間がピアノのメロディーの穏やかさで流れてゆく。こんな時間を過ごして給料がもらえるのだから、ちょっとわたしは後ろめたかった。これじゃ、ペナルティどころか、プレゼントに近いと思った。思えば若くして賞をとって走り続けてきた。プレゼンで何億という仕事をいくつも勝ち取ってきた。だけどあんなしくじりをするとは、ほんとに、自分が情けなかった。飛ばされてプライドはないのかと、会社の仲間たちはいうだろう。だかもう広告デザインに不思議と未練はなかった。それは突然そうなったわけではなく、どこかでいつからかそう思い始めていたような気もする。いやちょっとカッコよくいいすぎた。本当はそのいつからか、結果を追い求める日々のなかでなにかを失い、ひらめきはすっかり消え去ってしまっていた。ううん、それも言い訳したくてそう思い込みたいだけかもしれない。誰に?言い訳を?たぶん、自分に。これが実力だと認めたくはないから。本当にあのときわたしはいったいどうしてしまったのだろうか?どうしてあんなミスをしてしまったのか?単純なミスなのか?それともなにか原因があったのか?最悪の状況だったか?それはいつものことだ。疲れていたのか?それもいつものことだ。情熱はあったか?あったはずだが、それはもう情熱と呼べるものではなくなっていたのだろうか……わからない。ベルボーイ姿のわたしの頭にまたそれらがよぎってくる。わたしはすぐさま思考をシャットダウンして、集中してピアノの音色に耳を傾けた。

 
 勤務が終わり、路線バスに乗って帰る。高台にあるマンションまで坂道を歩いてのぼっていく。マンション近くのコンビニで夕食を買っていく。日暮れにはまだ少し時間があるようだ。この地域の情報雑誌も一緒にレジに出す。アルバイトの大学生らしき青年のまぶしい笑顔に、青春真っ只中の娘を思い出した。

 
 そんなこんなであっという間に一ヶ月が過ぎた。季節は冬になっていた。街のショールームはクリスマス色に衣替えしていた。土日は休みだった。土日だけが休みだったといったほうが正確かもしれない。その休み、晴れていればわたしは街を歩きまわった。疲れたら喫茶店に入った。定食屋で夕食をとったら、映画を一本観た。それから帰宅して、シャワーを浴び、軽くステレッチをして、寝た。

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