今日一日の疲れを吐き出すように、男はざばっと布団に寝転ぶ。
「ようこそ、超寿園へ」
そう書かれたパンフレットが、テーブルに置かれている。
パラパラと眺めると、オススメの散歩コースなどが手書きで書かれた紙が、ひらりと落ちた。
ふと気になり、「超寿園」と調べるが、電波が入らず何も表示されない。
本当に田舎の宿なのだろう。
温泉に入りたいが、布団が気持ちよくて中々起き上がれない。
いつのまにか寝てしまっていた。
「まだお客さん、寝ているよ」
「だらしないねぇ」
パタパタと動く人影に薄眼をあけると、少女と老婆がこちらを見ていた。
しっかり両目が像を結んだ直後、男がうわわといって跳ね起きた。
「あ、起きました。おはようございます。もう朝ですよ」
少女がざっとドアの襖をあけると、光が燦々と降り注ぐ。
「いや、ここ、俺の部屋……」
「いや、だから朝の掃除に来たんだよ」
ちょっと目がキツい老婆が当たり前のように話す。
「すいません、一応声を掛けたのですが反応がなくて」
男は寝起きもあって混乱していた。なぜか、何かすいません、と頭を下げた。
「ほら、昨日風呂にも入らず寝たんだろ。早く温泉行っておいで。この部屋出て右ね」
老婆に浴衣を渡される。
「あ、はい」
男は言われるがままに部屋の外へ向かった。
「ねぇ」
と老婆に呼ばれて振り向くと、仁王立ちをした老婆。
「お客さん、私がせっかく片付けたんだ。下手に汚したら呪うよ」
そう言って、老婆がスタスタと部屋を出て行く。
本当に呪われそうな雰囲気が漂っていて怖い。
その後ろから「なんかすいません……」と、高校生ぐらいの少女が少し困った顔で去っていった。
おかしい。何かが絶対におかしい。
男は露天風呂に入りながら考える。
外は清々しく、目の前には生い茂った山が広がっている。
空には縮れ雲が。どうやら山の天気は気が変わるのが早いようだ。
コトコトと湯が流れる音と、時々思い出したかのように鳴く鳥の声。
男はおかしさの輪郭を探す。
妙に、こう、店員の距離が近い。
距離が近いと言うか、なんだろう、なぜ客の俺がこんなにも気を遣わないといけないんだ。
なんなんだ、この宿は。
せっかくわざわざ遠くまで休みに来たのに、なんでこんなに客の俺が緊張しなくてはならないのだ?
気持ちの整理がつくと共に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
よく考えたら、チェックインから食事から、最初から少し変だった。
抗議の一つでもしてやろうか。
「お、兄さん、一番風呂か」
男の思考を断ち切るように、がらららと音を立てて、ガリガリの老人の声が響く。
もう歳のほどは九十を超えているのではないか。
男は驚きながら、軽く会釈で答えた。
「人間、自分で風呂に入れれば満点よ」