「お客さん、予約、来週になっていますねぇ」
受付は、モダンな家具の曲線に洒落た花で彩られている。
立派なカウンター越しに、ごま塩頭にスーツで装った店員が申し訳なさそうに首を傾げた。
男は雪で濡れた折畳み傘を凍えた指先で巻きながら、頭の芯が熱くなるのを感じた。
「いや、そんなことは……。もう一回調べてもらっていいですか?」
「いいですけど……。お客さん、ちなみに確認のメールって見せてもらってもいいですか?」
店員ののんびりとした調子にイラつきながら、悴む手でスマホから予約メールを呼び出す。画面を眺め、少しため息をついた後に、
「すいません、空き部屋ってもうないですか?お金ならあるんですけど」
と、ぶっきらぼうに尋ねた。
「お客さん、やっぱり、ですか?すいません、あいにくうちは本日満室でして」
店員はほらみろ、といった顔を隠すように頭を下げた。
「くっそ、だから田舎は嫌いなんだ」
男は悪態をつきながら、外に出た。
ライターを取り出し、タバコに火をつける。
寒々とした空気と体内の怒りを中和するように、あたたかな煙が肺に入り込んでいく。
時計を見れば夜の八時。もうこの地域はバスも動いていない。電波すら不安定だ。
磨かれたキャメル色の革靴に、柔らかい雪が醜く黒い染みを作る。
吐き出した煙が、温泉街の灯りをポツポツと乱反射させ橙色に揺れた。
都会の家に帰りたいという気持ちを抑えながら。
コートの袖を固く閉ざし、滑る靴底で吸い殻を押さえつけるように、今日の寝床を求め、一歩踏み出した。
しかし、そう簡単には中々空いている宿は見つからない。
灯りを見つけては尋ねに歩くが、みんな顔を横に振るばかり。
男がいよいよ、と迫る寒気を芯に感じていた頃、ある宿の女将が男の顔を見てあまりに不憫と感じたのか、
「お客さん、うちは今日空いていないのだけど、ここから少し歩いたところに一軒あるんだけどね。そこに電話で聞いてみましょうか」
と救いの言葉をかけた。
「はい、是非。もう寝れれば何処でも」
男はため息混じりに答えた。
昔懐かしい黒電話で何やらこそこそと話した後、メモを手渡される。
「たまたま空きがあるそうです。このメモに場所を書いておきましたから」
礼を言い宿を出ようとすると、「あ、そうそう」とまだ冷たいホッカイロで手を包まれた。
「ちょっと変わった旅館ですが、温泉もありますよ。寒いからお気をつけて」
「すいません」
ガラガラと錆びついた引き戸をあけると、「はーい」と奥から声がした。
前に伸びる廊下は時代に磨かれ鈍く光っている。
「あぁ、先程お電話頂いた方ですね」