成人式で着るような、異常なぐらい華美な着物で包んだ中年の女性が現れた。
きっと、この宿の女将だろう。
「お客さん災難でしたね」
「はぁ」
相手のテンションの噛み合わなさに違和感を覚えるが、この際暖かい部屋で寝れるなら上出来だ。
「では、このタブレットでチェックインするので、必要項目をご記載ください」
玄関に座り込んで手渡されたタブレットに、さっき貰ったホッカイロで指先を温めながら記入をしていく。
氏名、年齢、会社名、最初の入力画面は良くある項目だったが、
「あなたの職業のスキルは何ですか?」
「あなたの挫折経験は何ですか?」
といった項目が出てきた。
「あの、すいません」
「どうされました?」
「これって、全部埋めなきゃいけないですか?」
少し考えて女将が答える。
「はい。すいません。規則ですので。堪えてください」
訝しながらも男が項目を埋めた頃には、だいぶ時間が経っていたようだ。
時計をみると、もう夜も九時を回る頃。
「終わりました」
「ありがとうございます。二泊一名様ですね。では、当館のご案内を」
女将はスキップでもするように、タンタンと廊下を歩いていく。
冷えた足先に冷たい廊下はなかなか辛い。
「ここが休憩室です。今は無理ですが春は外の景色が綺麗で。その隣にある本棚にある本も中々面白いですよ。あ、ここは」
駆け抜けるような説明を流し聞きながら、男は重い荷物を片手に付いていく。
「寒かったでしょう。外は。予約が取れていなかったとか」
「はい。一週間勘違いしていて……」
「あ、濡れた靴は後で乾かしときますね」
やはり、どこか会話の歯車が合わない。
「当館はまぁ、今では珍しい昔ながらの宿ですが、温泉、お食事、は皆様に定評があるのですよ。ラッキーでしたね」
「あ、そうなんですか」
「まぁ。昔ながらなので、ちょっと不思議に思われることもあるかもしれませんが……。そういえば、お食事は?」
「あ、まだです」
「あらあら。そしたらもうお食事にしますか?それともお風呂に入っちゃいます?」
「そうですね……」
「それとも、あたし?」
自分を指差す女将に、男の足が止まる。
「冗談ですよ。まずは暖かい汁物でも飲みますか」
男が答える間も無く、どんどん決められていく。
「そしたら、そのままご案内しますね」
女将がパチンと指を鳴らすと、どこから湧いて出たのか、老婆が二人現れ、男の荷物を持っていった。
男の呆気にとられた顔を見て、女将が笑う。
「どう、今の演出、かっこいいでしょう?」
「ここがお食事の部屋です」