案内されながらも横目を見ると、一人の男が老人に囲まれている姿が見えた。
囲まれているというよりかは、たかられている、と描写した方が近いかもしれない。
女将は何も気にせずその一団を通り過ぎ、男を席へと案内した。
「では、少々お待ちを。何かお飲みになりますか?あ、暖かい汁物でしたね」
先ほどの異常な情景に微かな不安を覚えながら待っていると、老婆が何か瓶を抱えて、車椅子で転がしてきた。
「今回は遠いところからどうも」
老婆がゆっくりとした動作で頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ」
思ってもいない登場人物に、男も慌てて頭を下げる。
「ちょっとね、お身体を温めたいというのを聞きましたんで、この角砂糖を開いてもらって」
手渡された角砂糖は可愛らしいピンクのちり紙で包装されている。
「これを数滴、お注ぎしますんで、ちょっと」
「あぁ、なにかすいません……」
男が剥いた角砂糖を丁寧に差し出すと、抱えていた瓶を弱々しく持ち上げる。
不安定に揺れている瓶から、一滴、白い塊に吸い込まれていった。
ふと顔を上げると、老婆の顔は真剣そのものだ。
「これをね、くいっといってもらうと、元気が出るんですわ」
老婆の不安定な極まりない動作にヒヤヒヤしながらも、一生懸命注ぎ終わるまで我慢していた。
垂らし終わり、老婆がやっと瓶をかかえ直した。
男は安心したのか、ほっと息が落ちる。
角砂糖をほうばると、カッと喉が焼けるような刺激に痺れ、胃の中が急激に熱くなった。
「これは、テキーラですか?」
「まぁ、命の水ですわ」
男の驚いた表情を見て、老婆が穏やかに笑う。
その安寧な顔と角砂糖の強さのギャップに、恐ろしさと愉快な気持ちがこみ上げる。
「ありがとうございます」
老婆はにっこりと微笑んで、また車椅子で帰っていった。
「いよいよ何かがおかしい」と感じながらも大人しく料理を待っていると、否が応でも先ほどの集団の声が漏れ聞こえてくる。
「これはぁ、あれですが、もう少し魚は塩で揉んだほうがいいのですかね?」
「そうですね、もう少し塩味があったほうがいいですね」
「あたしが作ったこの漬物はどうでしょうか?」
「そうですね、いい線いっていると思いますよ」
「そうでしょうか。もう少し味の奥行きが……」
少し疲れで滲んだ男の声と、尋問でもしているような老人の声が行き来している。
料理は相変わらず、先ほどの老婆のような年齢の老人が代わる代わるに持ってきた。
覚束ない手元に意識を取られ、中々味が入ってこなかったが、老婆の対応に慣れてくると昔懐かしいような味が蘇ってくる。
「どうでしたか、食事は?」
デザートのプリンの皿を上げる時に、老婆が恐る恐る聞いてくる。
「いやぁ、良かったですよ」
そう男が言うと、安心したように老婆が大きく手をあげて丸を作った。
後ろをよく見れば、扉の隙間から覗いていた白衣を着た何人かの顔が笑顔になった。
その光景に男がギョッとする。誰だ、あの人たちは。
「温泉も良いので、是非おあがりください」
部屋に戻ると、フカフカの敷布団がチョコンと敷かれていた。