「ぼくもね、家族いうかそういうひとおらんと、ずっとひとりやったんで。なんていうか、ぐっときました。さっきの映画」
人懐っこい感じその男の人は、いつもはデザイン事務所に勤めているみたいで、「あの、電柱のポスターみました?」って畳みかけてきた。
「あ、あの蛍光色の光っているの?」
「そう。あれ。ぼくが作ったんです。靄町って基本的に夜暗いから、ああいうのがいいかなって」
「すぐ、ここかなってわかりましたよ」
とかなんとか言っていた時に思い切って、「みなさん、この場所をどうやって知ったのですか」って聞いてみた。
それはねって、常連さんらしいもうひとりの年季の入ったお姉さんが答えてくれた。お姉さんは小春さんというらしい。
「あなた、新しい人だから知らないのね。みんなひとりのひとばかりなのよ。類は友を呼ぶとかっていうでしょ。親がいなかったり、子供をなくしたり。連れ合いがいなかったりね、天涯孤独っていうひとたちなのよ」
だから、どうしてこの場所をみんな知ってんねんってことだよね、映の目を見ながら、小春さんがピンポイントで応えてくれなかった、肝心なところを補ってさっきの関西の人が答えてくれた。
「ふるい馴染みの人は、小春さんに五十嵐さんに、あっちにいる宝ヶ池さんとかね。で、ときどき新しい人がこのホテルでデビューするっていうか。誘われてくるっていうか」
「誘われる? って誰に? ですか?」
「待田さん。あの支配人さん。でも待田さんから誘われるっていうわけやなく、誘われに行くっていうの? そういう人を引き付けるのがうまいっていうか。俺もいつやったか部屋の電気が嘘みたいにゼロになって、スマホいじって灯りとろう思ってたら、ひょんなことに、このホテルにかかってしまっててん」
映は、それってわたしじゃんって、言葉を失いそうになってほんとうに、辺りに濃い空気の沈黙をこしらえてしまった。じっと彼の目をみつめてしまったかもしれない。
「うわ、もしかしてあなたも?」
関西の人が、気づいてくれた。
「ええ。今日っていうかここに来るきっかけってそれでした」
「ほらね。待田さんってそういう支配人なんや。ひとりのひとと、ひとりのひとをこんなふうに、アクシデントのようにつなげてくれるの。んでもって待田さんはなにひとつ不可抗力っていうか、なにも働きかけてへんのに。ふしぎなひとやで」
小春さんがふたたび口を開く。
「だってさ、なんでこの街に住んでるのかって、言われたら、変よね。ちっとも便利じゃないし、おしゃれじゃないかもしれないけれど。ここに私たちいるじゃない。そんな街の北のはずれのどこにもないようなホテルに、こうやってみんなが集まってきて。ここに来たい週末に来れば、誰かのリクエストの映画が上映されてて。人がすきな映画ってなんか結構楽しいのよ、これが。みんなひとりのひとどうしが映画みて、なんだかんだ喋ってさ。あとは上の部屋でそれぞれに眠るっていうの、結構至福の時間よね」
映はふわふわっとした頭で誘われたのか、わたしはって心のなかで呟いた。
これは、ありえないぐらい人生初の巻き込まれ方だと。
そんなことを思っていたらさっきの関西の人が何杯目かの水割りを手にしながら映の向かい側に座った。
「そんなこんなで。俺、砂っていいます、名前。砂ばっかりいじってたから、施設の人が砂って名前つけはってん。ほんまにいい加減やろう。でもなんか、今になっては気に入ってる。俺は砂なんやって。で、あなたは映さんだっけ」
「あ、東雲映です」
「へえ。しののめさんいう人、はじめて会うたわ。で、なんかここで出会えるって不思議やね、ほんまに。俺ね、このホテルってなんか窓みたいやなって思うん」