駅の近くにあった、花屋さんとサイクルストアがいっしょになっていたお店が終わることになって。
いつもいつも贔屓にしていたわけじゃないけれど、会社の帰りに誰かと呑んで酔っ払った時なんかに酔い覚ましに歩いたりしたときには、いつもそのウインドウをみつめていたから、すこしだけからっぽな気持ちにもなる。
なじんだ風景がまたひとつどこかへと消えてしまうことは、すこしだけ記憶とか、かすかな思い出いっしょに、どこか遠くへしまわれてしまうことなんだなって、映はつらつら思う。
重たいガラスの扉を開けて入ってゆくと、整然と大きくて深いバケツに切り花が並んでいた。あの濁りのない空気がもたらす冷たさを憶えてる。
切り花はいちど死んでいるのに、そこにいのちをふきこまれたものたちの、なんていうのか凛として立っている佇まいそのもののような気がした。
なじんでいたものや場所は、いつかかたちを変えてしまうものだし、いつまでもいつまでもっていうわけには、いかないのが常だけれど。
そういう街の変化をずいぶんと、目にしてきたような気がする。いまある姿だけが、その場所だと思いがちだけれど、そのひとつまえまたひとつまえと、いくつもの姿がそこに重なっているものなのかもしれない。
だなんて、今日はどうかしてるって映は照れながら俯瞰した。
隣にいるのは、同じ課の重田さんだ。
「なんか考えてた? 映ちゃんがひとり照れてる時は、なんか考えてるときだよね」
「あの、町おこしって難しいなって」
「あぁ、あの話ね。課長はそれなりにやっきになってるけどさ。この街が好き! ってどういうんだろうね。あの人が好きぃってことと同じ?」
「重田さん、酔ってます?」
「たぶんね。あの人が好きぃとかってしばらく言ってないわ。映ちゃんはどう? って映ちゃんいっつも返事が遅いのよ。まぁいい。とかなんとかおばさんの戯言ですたい。あ、映ちゃんわたし終電やばいから行くね。またあした? あ、明日は土曜か。月曜日ね。月曜日って呪いの言葉だね。なんで月曜があるのかね。ほんじゃ」
重田さんもわたしも、ゆるいミッションみたいなものを課長から課されていた。このしがない地図の何処にも載っていないような、そうグーグルでも検索できないような<靄町>を活性化するために、なにをすべきか考えてよねって。映は、まだそのことに集中してはいなかったけれど。さっきの終わってしまうお店のことを思った。
それはいま誰かを見ているときに、おじいさんやおばあさんやそのまたおじいさんっていうふうに、ずっと遡るのに似て。ひとも、町もいくつもの血がかさなりあうようにして、できあがっていることに今さらながら気づかされる。
DNAっていうものは、そう思うととても情緒的なものなんだなって。
重田さんが、酔っぱらいながら言っていた、この街が好き!ってあの人が好きぃって感情は割と近いものかもしれないって思いながら、通りを歩く。
灯りのついたマンションの窓をみあげる。