みんなあのなかに集まって、家族の営みがあることを思うと、ちょっとわけのわからない切なさに囲まれてしまう感じがする。
それは見た瞬間のほんの一瞬のことだけど。
灯りの洩れている間接照明のあのやわらかい光を見上げる時、なにかじぶんのなかの時計がくるってしまったような気持ちになって。
あの営みの中にじぶんは入っていないのだと、如実に知らされているというか、わけもなく苛められているそんな気分になるのだ。
映はアパートのドアを開けた。手探りでスイッチを探す。いつもみたいに。
その時、一瞬ぱちって音がして、ほんの束の間、部屋の灯りを灯す風情をみせた。でもそのすぐ後で、部屋の電気は消えた。消えたとわかっているのに、スイッチをもう一度押した。無のような空白のような時間がその部屋にやってくる。サイアクだな。仕方ないと、スマホで灯りをとろうとして、あてずっぽうに画面に触れた。微かな灯りはそこに点ったけれどまた消えてしまったので、もう一度画面に触れた。その時だった、暗闇の中で呼び出し音だけが聞こえた。
あ、なに? 誰かの電話番号を押してしまった? ってことに気づいて、ちょっと狼狽える。
ふたたび手探りでオフにしようとした時、むこうから声がした。
「いらっしゃいませ。お電話お待ちしておりました」
「え?」
「もしかして迷われましたか? 当ホテルは靄町の北のはずれにございますので。駅を降りられましたら、ひたすら北へ北へとお進みください。時折、電柱の真ん中あたりに当ホテルまでの距離を示してございますので」
何が今起こっているのか解せないまま。胸の鼓動が部屋に反響しているような気さえする。
映は、停電に見舞われたこの部屋で、誰か知らないホテルの支配人らしき人の声を聴きながら、酔いが残っているせいか時には何かに巻き込まれてみるのもいいかと思って、部屋を出た。大体、じぶんがマンションの窓の灯りを眺めて悲しくなるのも、人やモノや出来事などに巻き込まれようとしなかった日々がたたって、今のような、むなしいというか、いやむなしくすらないような乾いた感情に取り囲まれることになってしまったのかもしれない、と。
俄然、夜中にどういう方向性なのかわからないやる気が出てきた。
ひたすら北へいくとそこにたどり着くらしい。映はまだ酔いの端っこをつかまえているような頭で東雲映という女子が、取りつかれたように北に向かっていることを可笑しく思っていたら、突然ちいさな建物を見つけた。すこし仰いでみる。看板らしきものはなかった。ここなのか迷っていたら、扉が開いて男の人が出てきた。
<靄町>は、とにかく町の通りが暗い。東京都心の眠れない街とは程遠くいつも眠っているような町だった。ゆえに男の人の顔の輪郭もはっきりしなかったけれど、声でわかった。さっきの携帯越しの声の人らしかった。
映は、とりたてて勝ったものなどなかったけれど、耳には少しだけ自信があった。育ててくれた祖父が目隠しをして、ハモニカの<ラ>の音を吹いて今のはなんの音だった? とか、テーブルに卓球のボールを落としたりして今のはなに? ってゲームのようなことをしたりしていたからだ。祖父の膝の上の温かさだけは、今でも懐かしい。
「ちょうど、間に合いましたね。よかったです。もうすぐ上映時間になりますので、好きなお席にお座りくだ、さい。お飲み物は、何がよろしいですか? 今の時間ですとアルコールもご用意できますが、どういたしましょう」