「窓?」
「そう。ちょっと語っていい? 酔ってるから許したって。朝起きるとみんな窓開けるやんか。それって今から一日が、始まるよってことやん。いちいちそんなこと思ってへんかってんけど。この間気づいてん。このホテルに誘われたんは、これから俺の人生が始まったよみたいな感じ。ここでしか逢われへん人と逢って、すこしずつなにかが繋がってゆくっていうんかな。だからこのホテルは窓や。俺の窓やって思ってんねん、密かに」
映は無邪気でまっすぐな砂の言葉が、ひとつひとつ零れてしまわないように、掬い上げるかのように耳を傾けていた。
「窓かぁ。すてきです。ここから砂さんの人生の窓が開かれたんですね」
ちょっと、夕方のコメンテーターみたいだったかもって、恥ずかしがっていたら、小春さんがなに、なに? 面白い話してんの? って砂に声をかけてきた。
それから、映は砂と小春さんと、どこかでわたしたち逢ったことあったんじゃない? ってぐらいの近しさで話し続けた。それはお互いの生い立ちのせいだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。互いの波長、波形が相性がよかっただけかもしれないけれど。
五十嵐さんは、<靄町>の駅前でフラワートラックでお花屋さんを始めることにしたらしく、店はちっちゃくなるけどまた逢いに来てねって言って、おやすみを言った。砂は、その店の宣伝のフライヤー作るからとかなんとか、ちゃっかりちゃんと売り込んでいた。
ふいに映は支配人の待田さんの姿を探したけれど、どこにもいなかった。
五十嵐さんは、どうしてここを知ったのかを、聞き忘れたことに気づいたのは部屋にもどってからだった。
そして先輩の重田さんはどんな時間をいま過ごしているのかなって思った。<町が好きって、あの人が好きぃって説>は、まんざらでもないよって、週明けになったら報告したいようなそんな気分だった。
夜も更けて。その日はもう土曜日だった。
砂の言っていた窓のことを思う。ひとつ窓を開けてそこの風を吸い込むたびに、一歩ずつなにかを育む理想の形にちかづく。一生のうちにそんな関係性を築ける場所なんかどこにもないって思っていたけれど。そうでもないかもしれないと、久々明るい気持ちになっていた。
窓、それは場所もだけれど、人もそうだなって
あの人は、窓だった。
そんなことに気づくのはずっとあとのあとになってからなんだなって。
内側からも開きたくなるし、外からもタイミングよく開いてくれる窓だったなって、祖父の星治郎のことを思いだしていた。
映は、窓みたいなホテルで窓みたいな映画を観たんだよって、ほんのすこしだけ、夜の星のどれかに報告したくなっていた。