「なるほど」
「だからこれは単なる大粒の雨だ」
三ツ矢さんは耳がいい。時計ケースを真鍮から削り出している時でも、わずかな音の違いでその厚さをミリ単位で測ることが出来た。僕には到底真似出来ない芸当だ。
そんな雨音を聞きながら昼食を終えた休憩時間に彼らは突然やって来た。
仕立てのいいスーツを着た男たちが5人もこの工場を訪れることなんてないに等しい。
工員誰もが《これはただごとではない》と感じた。少なくともポジティブな案件ではない。鈍感な僕でもそれくらいは判った。
彼らはそのまま奥のパーテーションで仕切っただけの応接室に通され社長と話し合いを始めた。
午後の作業も始まり僕たちはラインで油圧計の組み立てをしていた。何時間も応接室からは誰も出てこなかった。
「あの部屋、6人も座れるんですんね」
作業中、僕は三ツ矢さんにそう呟いたが何も返事は返ってこなかった。雨はどんどん激しさを増した。その雨音はまるでこの町の住人全員がトンカチで工場の外壁を叩いているかのようだった。
僕は根拠のない不安でいっぱいだった。それが雨音のせいではない事も知っていた。
応接室から人が出てきたのは夕方近かった。
社長は一番最後に申し訳なさそうに出てきた。小柄な社長がいつもに増して小さく見えた。その顔はまるで前日観たゾンビ映画のようだった。
5人のうち最も人を見下しそうな四角い顔をした男(もちろん僕の個人的な偏見である)が、そのまま僕らのラインに向かって歩いてきた。この男は間違いなく嫌な物を運んでくる。僕は小さくため息をついた。訳もなく怒られる子供のような気分になった。
そして僕らはまるで生まれつきDNAに刷り込まれているかのように、本能的に男を格上と認識し作業中の手を止めて立ち尽くしてしまった。でも、三ツ矢さんだけは黙々と油圧計の測定範囲の最終確認を行っていた。
自分が情けなかった。小動物のように何かを悟って怯えている自分に腹が立った。
「はい、みなさん、もう作業はストップしてください。今日は帰ってもらっていいですから」と男は幼稚園児に語り掛けるように手を叩きながら叫んだ。「このラインの機械は差し押さえるんで、もうおしまいにしてもらっていいですから」
その時、僕ら工員の視線は全員社長ではなく、三ツ矢さんに注がれた。男もそれに釣られて三ツ矢さんを視界に入れた。
油圧計を手に取って三ツ矢さんは細部の調整をしていた。男なんて最初からそこにいないかのように。
「あなた、そこのあなた」男は三ツ矢さんに語り掛ける。「聞こえてますか? き、こ、え、て、い、ま、す、か?」
それでも三ツ矢さんは作業を止めなかった。その様子を少し離れた所で2代目社長が呆然と眺めていた。
「ちょっと社長からも言ってもらっていいですか?」
「あの……三ツ矢くん……悪いんだが今日はここまでで……」
蚊の鳴くような声とはまさにこれだと僕は社長を見て思った。