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『オレンジジュースの悲劇』安藤愛美

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 はぁはぁと荒い息をしながら、ふみこは女性の肩をポン、と叩く。びくっとしながら女性は不審そうに振り返る。
 乱れた呼吸を整える余裕もなく、ふみこはハンカチを差し出した。
「これ、違いますか?」
「あ……っ!」
 女性はポケットを探り、自分のハンカチがなくなっていることにようやく気づくと、はぁはぁと息を切らすふみこの手から大事そうにハンカチを受け取った。
「すみません、本当にありがとうございます」 

 深々と頭を下げながら、女性は急ぎ足で改札へ入っていった。やがて女性が見えなくなると、まだ少し乱れている呼吸を整えるようにゆっくりと息を吐きながら、ふみこは出口へと向かった。

 困っている人がいたら助ける。悩んでいる人がいたら寄り添う。「誰かに」「何かを」「伝える」行為。自分がその役割になること。当たり前の行為が、大人になったら難しいことに思えた。見ないフリをする。気づかないフリをする。関わらないようにする。そうしてフタをしていれば、上手く生きていける。でも本当は、いつも心の片隅で問いかけていた。
「それでいいか?」って。
 その声に返答したことはなかったし、ずっとする気はなかった。けれど私はもう気づいてしまった。最近疲れがとれないのも、上司に苛立つのも、何にも興味を持てないのも、誰かのせいじゃない。すべては私の心に余裕がないせいだ、と。面倒なことから逃げてみても、きっと、航太に感じたような強くて丈夫な、折れても笑えるくらいの心の余裕は手に入らない、と。
 そして、余裕を作ろうとしないこれまでの自分ではもう、色々と限界な気がした。だから今日、初めて私は私に返事をした。
「それではだめだよね」と。

 
 曇り空の中を歩く。
「天気悪いなぁ」
 そう呟いたふみこの心の中は、さほど曇ってはいなかった。一つ目の交差点に差し掛かろうという時、ふいに聞き覚えのある声に呼び止められた気がして、ふみこは足を止めた。
「ふみこさん……?ですよね?すみません、名字が出てこなくて」
 見るとそれはつい2日前遠い地で会ったはずの航太であった。カチッとした黒いスーツと、きちんとワックスで整えられた髪型が、2日前に出会った航太の印象をがらりと変えていた。
「……えっ、か……わむらさん……ですか?」
 まさかこんなに簡単に再開するなんて予想だにしない展開に、ふみこは驚きとおかしさが込み上げてきて、思わず、ふ……っと笑いをもらした。
「航太でいいですよ」
「……航太さん……こんな偶然てあるんですか?」
「いや、正直俺もあれ?夢かな?って思いましたよ」
 航太も笑いながら、ふみこに聞き返す。
「仕事、この辺なんですか?」
「いや、職場は錦糸町なんですけど……今日は朝から本社に用があって。……航太さんはこの辺なんですか?」
「そうですね。会社はこの近くです」
「そうなんですか」
 そう言ってふみこはひと呼吸おくと、真っ直ぐ航太の目を見てこう言った。
「航太さん、今日私けっこう頑張りましたから」
「頑張った?何を?」
 そう聞かれてふみこは、にやりとした笑みをなげる。
「それは秘密ですよ」

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