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『オレンジジュースの悲劇』安藤愛美

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 メインライトを消し掛け布団を手繰り寄せると、ふみこは複雑な気持ちで静かに目を閉じた。

 
 聞き慣れたメロディでドアが閉まると、ゆっくりと電車は動き出す。山に囲まれた雄大な景色から一転し、ビルばかりが立ち並ぶ景色を窓越しに見つめる。今日はここ最近にしては冷え込みがきつく、厚手のマフラーと手袋をして今朝は家を出た。雨が降りだしそうな薄暗い空が、ふみこに憂鬱さをプラスしていた。
 さっきとは違うメロディが微かに聞こえると、ホームで待つ人だかりが次第に近くなる。

 ドン、と強くぶつかりながら慌ててホームへ降りていく男の後ろ姿を目で追うと、すぐにドアは閉まった。肩に鈍い痛みを感じながら、またいつもの日常が始まったことにふみこはげんなりした。昨日までの旅の余韻にすら浸らせてくれないこの満員電車に今日も揺られて、薄いため息をつく。
 あっという間に二泊三日の贅沢な旅は終わった。結局あの後、翌日の朝食でもロビーでも航太に会うことはなく私は旅館を後にした。長くて短い、不思議な旅だった。現実から逃れたくて訪れた地で、果たして現実と向き合っていない自分を見つめることになろうとは夢にも思っていなかった。
 ふみこは揺られながら電光掲示板を見やる。「東京」の文字を確認すると、しまっていたマフラーをバッグから取り出した。

 駅に着くと、人の波に一気に押し流されて電車を降りた。今日は朝から本社に行かなければならない。なのにたった今降りる時に足を踏まれて、黒いパンプスは茶色く汚れていた。
 ついてないな、今日も。そう思いながら少し屈んで汚れを払い、体勢を起こそうとしたその時、ふみこの目に白っぽい何かが飛び込んできた。
 ふと顔を上げると、前には女性が歩いている。もう一度下に目をやると、白いハンカチらしきものが落ちていた。おそらく何かの拍子に上着のポケットから落ちたのだろう。だが女性はまったく気づいていない。どんどん女性は遠くなる。

 ――ふみこは固まった。
 その落としたらしい白いハンカチを拾って届けるべきか?こんな時なんの迷いもなくすっと差し出せたならどんなに楽だろうと思うが、あいにくふみこにはそんな経験も心も持ち合わせてはいない。誰も気づかない、いや、気づかないフリをしている。どこの誰ともわからない他人に好意を働いてやれるほど、私は優しい人間じゃない。
 以前は、そう思っていた。
 でも――

 気づいたらもう走っていた自分に、ふみこは自分自身で驚いていた。頭の中で何故か途切れ途切れに航太の言葉がリフレインしている。

「別にやらなくてもねってことを」
「俺はそういうのを大事にして生きてたい」
「蓋しててもしゃーないし」

 見えなくなってしまう。さっきよりだいぶ小さくなった女性の後ろ姿を、いつもとは違うパンプスで必死に追いかける。もう少し、あと少し……もう届く。

「あの……っ」

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