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『オレンジジュースの悲劇』安藤愛美

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「すみません、ありがとうございました」
 ふみこは何度か丁寧に頭を下げると、早々と席へ戻った。朝から見ず知らずの男性に、自分の不注意で床にこぼしてしまったジュースを拭かせてしまったことを猛烈に反省しつつ、周囲の視線から逃れるように窓の外の庭園に目をやった。美しく彩られた白とピンクの梅の花が満開で、透き通った池にはその花々が映りこんで幻想的な空間を創り出している。
 もともとこの旅館の庭園は有名で、朝からこの優雅な景色を楽しみながら食事をしようと窓際に席をとったのだが、想像以上の外人の多さに驚き、つい前方不注意にて男性にぶつかってしまったのだ。
 ふみこは朝から失態を晒したことを軽く嘆きながらも、ぶつかった男性がとても親切で優しい青年だったことに心の底から安堵し、半分まで減ってしまったオレンジジュースとともにクロワッサンを一口頬張った。

 
 ここはとある温泉郷。都会の騒々しさを忘れたくて私はここへ来た。毎日の電車通勤で舌打ちされるような煩わしさも、夜の光々としたネオンの光景も、この静かで深い山々の中には何もない。誰かと関わる必要がないことがこの一人旅の最大のメリットだと、私はここへ来るまでそう思っていた。

 ……ふぅっと息を吐きながら熱めの湯に浸かると、体の中に溜まっていた色んなものが一気に解き放たれる感じがした。やはり露天風呂はいい。春になる手前のこの時期に来たのも正解だった。何とも言えないこの解放感と、時折吹くまだ肌寒い風が心地よく、疲れていたふみこに幸せを感じさせた。
 なんで朝からあんな失態しちゃったんだろうな……。屋根の隙間から見える鮮やかな青を見つめながら、朝の出来事を思い出す。あんなに外人がいなければ、私のすぐ横であんなにキレイなフランス語を聞かなければ、よそ見などせずすんなりと席へ戻ったというのに。
 そう思ってふみこは、フランスでの出来事を思い出した。あれは何年前だったろう。友人とフランス旅行に行って、小さめだけれどもとてもセンスの良いオシャレなホテルに泊まった翌朝の朝食。カットフルーツとジューサーを見つけて感動したのはよく覚えている。日本ではその場で絞ってジュースにするなんてことはあまりないが、そのホテルでは自分でフルーツを手に取り、それを機械にかけてその場で絞ることができた。できたて新鮮なフルーツジュースを飲めることに、私はとても興味を覚えた。だが、肝心のジューサーの使い方がいまいちわからず戸惑っていると、親切なフランス人がスイッチを押してくれた。あの時ハイタッチをした思い出は、きっと一生忘れないだろう。……思えばあの時もオレンジジュースだった。

 ふいにひやりとした風が頬をなで、ふみこははっと記憶を中断させた。
 そろそろ出ようかな……。
 少し冷えてきた腕をもう一度温めるように肩まですっぽり浸かると、次の瞬間ばしゃっと思い切り音を立ててふみこは立ち上がった。
 脱衣所に戻るとドライヤーの熱気とさっきよりも高くなったこの部屋の密度のせいで、一瞬むわっとした空気が肌をなでつけた。
 ふみこはぐるりと部屋を見渡すと、そのまま時計に目をやった。針はちょうど午後3時をまわったところだった。

 

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