「そうですね。じゃあ、ちょっとホテル戻って、汗流してきます」
「あとでショーコちゃんのとこでね」
ミツコさんと別れ、再び街を散策する。なぜだか昨日と景色が違って見えた。なんか、いろんなものがキラキラしてる。土産物も、魚も人も、みんなキラキラとしてる。歩いているだけなのに、楽しい。気づけば『彼』を思い出すことを忘れていた。あのまま東京に居たらこんな出会いや展開なんてあるはずなかった。旅に出て正解だった。
ホテルでひと風呂浴びると、心地よい疲労感が訪れた。泥んこになった靴や服がなんだか、愛しい。
いつの間にか居眠りをしていたらしく、飛び起きて時間を確認するとすでに午後1時を回っていた。
「やばい」
慌てて着替えて、メイクも適当に、急いでショーコさんの店に向かった。
「いらっしゃーい。あら、さえちゃん漸く登場?なかなか来ないからミツコさん、店に戻っちゃったよ」
「すいません、ホテル帰ってお風呂入ったらうたた寝しちゃって」
「そりゃ、初めてのことだらけだから、疲れるよね。とりあえず、座って。お腹空いてるでしょ」
「もう、さっきからお腹がぐうぐう鳴ってます」
「ちょっと待っててね。今日はさえちゃんスペシャル出すから」
期待に胸を躍らせながら待っていると、鼈甲色のお膳が出てきた。
「まず、メインは烏賊と島根ネギと冬キャベツのほろ味噌焼き。で、仁多米のごはん。かあちゃんブロッコリーとトマトの出汁煮。小鉢が西条柿の白和えね。さ、食べて食べて」
朝、自分が収穫させてもらった野菜が目の前に並んでいる。ホイルの包みを開けると、中から豪快に湯気があがる。烏賊はぷりっとして歯ごたえもある。ネギとキャベツの甘みが口中に広がる。甘めの味噌は、七味が加えられていて、ぴりっとくる後味がクセになる。
西条柿は主に、中国地方で食べられている品種で、富有柿のようにとろっと甘い身質ではなく、歯ごたえも感じることができる。形もころんとした丸ではなく、四条の溝があり、渋柿だという。それを渋抜きし、食べる。
ショーコさんの白和えは、沖縄の島豆腐と、普通の絹豆腐の両方を使う。豆腐にも違った口触りがあり、西条柿との色合いも美しく、見ても食べても楽しめる。
かあちゃんブロッコリーとは、島根の農家のお母さんたちが徹底的に鮮度管理をし、茎まで甘くて食べられるという。元気なかあちゃんたちが元気いっぱいなブロッコリーを作ったところから由来する。その茎の甘み、トマトの酸味が淡く引いたかつお出汁にとても馴染んでいて、するすると食べてしまう。
「あー、美味しかった!」
一気に完食してしまった。一昨日のふさぎ込んで、暗くなっていたあたしはなんだったんだろう。美味しいものを食べると、お腹も心も幸せで満たされる。
偶然の巡り合わせで、島根を訪れてみたら、たったの2日間で、こんなにも素敵な人たち、素敵な食べ物に出会うことができた。
4日前は大失恋をし、この世の終わりだと思っていたのに。
気づけばちゃんと過去に出来ている。時間が進んでる。
たった一度のごはんと出会いが、こんなにもあたしの心と身体を動かし、健やかにし、幸せにしてくれる。ショーコさん、ミツコさん、香苗さん、まだ会ったことのない香苗さんの旦那さん、名も顔も知らぬ、烏賊を獲ってくれた漁師さん。他にも、このごはんに関わってくれた人たちに、感謝をしても、し足りない。命を分かち合ってくれた野菜、魚にも感謝しても、し足りない。命をもらうことで、あたしの血となり、肉となり、命となる。
そうか、これが「いのちをいただく」ということなんだ。
今まで、思ってもいなかった気持ちがすとんと、心に落ちた。
ミツコさんやショーコさんが「いのち」という意味が、入り口程度だけど、分かった。
気持ちを受け継ぐ。文化を受け継ぐ。そうして、命が受け継がれていく。