「ここのほかにも畑があるんですか?」
「こっちは野菜で、水田には稲、もう少し山のほうには果樹園があるのよ。あたしたち夫婦と、旦那の両親だけでやってるから大変よ。出荷する種類が多い時は親戚や、アルバイトさんたちにお願いするんだけど、今はまだそこまでじゃないからね」
そんな広大なエリアや品種を数人で管理していることに、とても驚いた。
「農家ってもっと、大家族かと思ってました」
「旦那の兄貴がいるんだけど、彼は都会で会社勤めしてるの。長男が早々にとんずらしたから大変よ」
笑って話す香苗さんからは、義兄に対する不満は、言葉ほど伝わってこない。
「ま、でも最初はあたしも慣れなくて何度も、実家に帰ろうかと思ったけど、今ではこうやって生産者・販売者、今日は消費者さんまで来てくれて、うちの野菜が美味しいって言ってくれると、どうにもやめられなくなるのよね」
「うちもそうなのよ。お客さんの顔が見れて、自慢の野菜たちを買ってもらって。それがまた後日、美味しかった!って言いに来てくれると、嬉しくてたまらないのよ」
そうやって、常連さんも増え、取引する農家さんも増えていったという。野菜離れ、魚離れが取り上げられる中、こうした人たちの努力や魅力、つながりによって、みんなが幸せになっている。
「もっと、東京でもこんな素敵な野菜を食べられたらいいのに」
「東京は場所代が高いし、綺麗に揃った野菜しか受け入れてくれないからね。曲がってたって、味は変わらないのにね」
確かにあたしも、スーパーではつい、綺麗な野菜ばかりを選んでしまう。
「道の駅みたいな直売所が都心にあればいいのに。東京はやっぱり農家さん少ないのかな」
「さすがに都心部は少ないかもね。でも、東京にも江戸野菜って呼ばれる古くからのブランド野菜がたくさんあって、それを作ってる農家さんたちがいるよ」
「そうなんですか。帰ったら早速、調べてみます」
野菜の積み込み作業は、とても重労働で、これを毎日行っていることに頭が下がる。自分が選んだ職業に誇りと愛情をもって接していることを、とても感じた。
「さ、これで本日も美味しい野菜をたくさんのお客さんに届けられるわ」
「明日の報告、楽しみに待ってるね」
再びトラックに揺られ、店に着くとミツコさんの旦那さんが手早く荷下ろしをする。さっき収穫した野菜が次々と店を飾る様は、心のワクワクを高める。こういう喜びもあるんだ。
「さえちゃん、初めて尽くしで疲れたでしょ。結局、作業もさせちゃったしね。好きな野菜持って行って、と言いたいところだけど、旅行中に野菜渡されてもよね」
「そうですね。本当に残念です」
「あとでショーコちゃんのとこに野菜届けるから、そこでごはん作ってもらって食べてね。代金はあたし持ち。手伝ってくれたせめてもの御礼よ」
「そんな、こちらこそ体験させていただいたんですから、払わせてください」
「だめよー。年長者のお節介は素直に受け取るべきよ」
粘っても引き下がってくれなさそうなので、有難く受けることにした。空の太陽はすでに強く輝き、今日をいい日にしてくれている。
「汗かいただろうから一度、ホテルに戻って温泉浸かって来れば?ここは美肌で有名な温泉街なんだから、そういうことももっと貪欲に楽しまなくちゃ損よ」