人生初の軽トラックは、揺れも激しく、座席も直立で座りにくい。それでも、初めての経験、初めての場所への期待が勝ち、気にならない。
ミツコさんが作ってくれたおむすびを頬張りながら、車を走らせること20分。豊かな緑に囲まれた山間に、広くなだらかな畑が広がっていた。トラックから降りた途端、濃厚な土のにおいが飛び込んでくる。
「香苗さーん!」
ミツコさんが大声で呼ぶと、遠くから日除け帽を振って応える人がいる。軽やかに畝を飛び越え、駆け寄ってきた。
「ミツコさん、おはようございます」
「昨日、ミツコさんが電話で話してた人ね。初めまして、山崎香苗です。」
日焼けした肌からは正確な年齢は読めないが、すっぴんなのに肌がつやつやしている。
「三島紗衣と申します。便乗して、申し訳ありません。宜しくお願いします」
「ねー、硬いでしょー。もっと気楽に接してって言ってもなかなか打ち解けてくれないのよ」
「ミツコさんが気楽に砕けすぎなのよ」
テンポのいい会話から、二人の距離が近いことが感じられる。
「じゃ、早速今日出荷分の野菜、見せてもらおうかしら」
「今日は野菜は、ネギと生姜、ブロッコリーとアスパラガス、あとトマトとキャベツかな。果物はアムスメロンと西条柿が出荷できるよ」
「もう柿も出回る時期なんですね」
「島根ではブランド野菜作りにも力を入れててね。西条柿っていうのも、こっちの地方特有の柿なのよ。あとで味見させてあげるね」
「じゃ、さえちゃんも一緒に収穫してみよっか」
「はい!」
10月に入ったと言っても、動けば汗ばむ気候だ。初めての農作業はわからないことだらけだ。土を掘れば出てくるミミズにいちいち悲鳴を上げ、ネギを引っこ抜けば、思いっきりひっくり返る。お手伝いどころか、むしろ足手まといになっている気しかしない。
それでも二人は、何度も丁寧に教えてくれる。香苗さんはもちろんだが、ミツコさんも農作業は胴に入ったものだ。
「やっぱり八百屋さんって、農家さんの作業もお手伝いするんですか」
「普通は畑には来ないし、出荷作業も農家に任せきりのところがほとんどよ。でも、ミツコさんは種まきから収穫も手伝ってくれるのよ」
「だって、お客さんに食べてもらうんだから、あたしがしっかり確かめないと、おすすめもできないじゃない。口から採るものだけが、人のいのちをつなぐのよ」
ここでもまた「いのち」という言葉がさらっと出てくる。
昨日から出会う人たちは、食べることを通して「いのち」の尊さをすごく考えている。
あたしは料理をするけれど、それが直接命に繋がっていく、という考え方をあまりしていないように思った。ただ、「美味しい」「楽しい」という気持ちだけだった。食べてもらう人への感謝はあっても、それらを作ってくれた人たちへの感謝や、その人たちがかけた手間・時間・愛情まで推し量ったこともなかった。なんて上辺だけの気持ちだったんだろう。
「さえちゃん、疲れたら休んでいいからね。結構、重労働でしょ」
「いえ、まだ全然大丈夫です」
「今日、旦那が水田のほうに行っちゃってるから助かったわ」
「米もそろそろ収穫時期だもんね」
「こっからはさ掛けして、熟成させるからあと1,2週間先かな」