「いえ。三島紗衣といいます」
「さえちゃんね。あたしは、大国光子。よろしくね」
「宜しくお願いします」
「ここの野菜ね、ほとんどが地域の農家さんから直接仕入れてるの。だから中間マージンもないし、農家さんも無理して作ったり、形を揃えたりしなくていいのよ。そのせいか、やる気のある農家さんばっかり」
「変な言い方ですけど、野菜が自由で、元気な気がします」
「でしょ。みんな「元気!」って言ってる感じするわよね。ところで、さえちゃんはどんな仕事してるの」
「東京で事務職やりながら、細々と生きてます」
「年寄りみたいなこと言っちゃダメよー。若さを謳歌しなくっちゃ」
いつも、同じタイムスケジュールで日々をこなし、平穏無事に生きてきた。
嵐が起こらないように、嵐に巻き込まれないように、そろりそろりと毎日を静かに歩いてきた。
「旅行、楽しんでる?」
突然の問いかけに、少しだけ驚く。他人から見たあたしは顔色が悪く、あまり楽しんでないように見えるんだろうか。
「出雲大社に行ってここに来ただけで、まだほかに観光的なことは何もしてないので、思いっきり楽しんでるとはまだ、言えないですね」
「あら、勿体ない。あたしなんか店があるから、旅行なんてご無沙汰だけど、行ったら、めいっぱい楽しむわよ。ガイドブック見てるだけでわくわくしちゃって、年甲斐もなくはしゃいじゃうもんね」
そう話すミツコさんは、本当に楽しそうで、きっと彼女は、日々も全力で楽しんでいるんだろうな。
「あ、そうだ。明日はなんか予定立ててるの?いつまでこっちにいるの?」
「一応、4日間で、明日は特に考えてないです」
「あら、良かった。さえちゃん、早起きは得意?」
「いつも大体6時には起きているので大丈夫だと思います」
「もう少し早起きしてもらっちゃうことになるけど、明日、朝5時にうちの店の前に来れる?」
「はい・・・」
不審な顔色がありありとしていたのだろう。
「なにも、働かせようってわけじゃないんだけどね。さっき、ショーコちゃんのお店で野菜に感動してたし、うちにもすぐに来てくれたから、野菜に興味あるのかなって思ったの。よかったら一緒に仕入れ先の農家さんのとこへ行かない?」
「わ、いいんですか!それ、すごく嬉しいです」
「じゃあ、決まりね。明日朝、頑張って起きてね」
「はい!」
突然のお誘いに驚いたが、流れに任せよう。実際、畑の風景に興味が沸いていた。明日の予定もできたことで、なんだか旅が楽しくなってきた。気づけば日差しが西に傾き始め、随分と時間が経っていたことが分かる。初めての島根一人旅は、暗い始まりだったが、少しだけ心にも陽が差し込んでいた。
翌朝、ミツコさんとの約束の時間を待ちきれずに、30分も早く店に着いてしまった。
「早起きねー。今、店の準備しちゃうからちょっと待ってて」
朝から元気なミツコさん。テキパキと棚を出し、商品を並べていく。旦那さんは寡黙な方らしく、昨日も挨拶を交わした程度だった。
「手伝います」
「悪いわね。じゃあそこのキャベツを手前に出してもらっていい。あと、そのオクラもね」
そうしてあっという間にあらかたの準備を済ますと、いよいよ出発となった。
「え、ミツコさんが運転するんですか」
「田舎じゃ当たり前よ。さ、乗って乗って」