「ほんと、美味しかったです。なんかホッとして、身体が落ち着きました」
「ありがとー。お客さん、さっき入ってきたとき顔色悪かったから、なにしろ温まってほしかったのよ」
「なんか、すいません」
意味もなく謝ってしまう。見知らぬ人の優しさに、心もじんわりと温まった。
「でも、本当に野菜が美味しいですね」
「そうなんだよね。うちはこの野菜たちのおかげでもってるようなもんよー」
「あ、いや。もちろん料理が素晴らしいってことなんですけど」
あたふたと、弁明しようとするあたしを笑って制止する。
「それだけ野菜の味を殺さず料理できてるってことなんだから、むしろ誉め言葉よ」
「ショーコちゃんとこでは、うちと契約している農家さんの野菜もたくさん、使ってくれててね。あたしにとっても、ショーコちゃんは常連さんなのよ」
二人が顔を見合わせてにっこりとする。
「無農薬って、こんなに味が濃くて美味しいんですね。東京でも無農薬レストランを謳ってる店が多いですけど、そこでもここまでの感動はなかったから、無農薬ってただ単に、身体にいいってことくらいしか概念がなかったです」
「そんな程度じゃないんだよね。たとえば、そのスープ。砂糖とかみりんは一切使ってないの。野菜の皮をひたすらコトコト煮詰めてエキスを抽出する、流行りのベジブロスっていう調理法でやるんだけど、そんな横文字言葉はあとから浸透したもので、うちなんかは、流行り廃りは関係なく、そうやって、すべての命を戴いてきたの。なにも、血液が流れてるものだけが、命じゃないからね」
「いのち・・・」
なぜか「いのち」という言葉が胸に刺さる。
「さあ、お腹も満足したし、そろそろ店に戻るわね」
ミツコさんが勢い良く立ち上がる。
「お客さん、よかったらあとでうちの店にも遊びに来てよ。ここ出て右に進んだらすぐあるから。屋号は‘やおしち’よ」
「あ、はい。ぜひ、後程伺わせていただきます」
「やだー、堅い堅い。仕事じゃないんだからー」
笑いながらひらひらと手を振って、ミツコさんが店を出ていった。
「すごい気さくな人でしょ?あたしにも、初めて会った時から何かと面倒見てくれてね。親戚のおばちゃんって感じなのよね」
「あ、分かります。なんか、ここのお店自体も居心地が良くて、親戚の家に来た気分なんですよね」
「あら、うれしー。見たところ、旅行者っぽいけど、旅行予定は一泊?」
「いえ、3泊4日です。といっても、ノープランなんですけどね。」
「そうなの?じゃあ、明日もよかったら食べに来てね。身体がもっと元気になるから」
「はい!」
店も混んできたのであたしも出ることにした。
ミツコさんのお店は八百屋とは思えない、オシャレな店だった。紺地に白抜きの屋号の入った暖簾は、美しく、清涼感を感じる。軒先には季節の野菜が目を楽しませるように並び、観光客もつい、足を止めている。
「あの、奥さん」
「あら、早速来てくれたの。えーっと、そういえば名前聞いてなかったわね。ごめんね、あたしばっかり喋っちゃってたから」