『食堂』という響きと、漂ってくる匂いに誘われて一軒の店のドアを開けた。
「いらっしゃい。好きなとこ座ってね。メニューはそこの黒板に書いてあるからねー」
あたしより少し年上と思しき女性が軽やかに声をかけてきた。
店内はカウンター6席と、テーブル席が2卓だけの、こじんまりとした造り。メニューは四種類。手描きと思われるイラストが、食欲をそそる。すべて野菜をメインとした身体に嬉しいもので、地元の無農薬野菜を使っているらしい。
「今日は根菜たっぷりのグラタンがおすすめよ」
「じゃあ、それをお願いします。」
「はあい。ちょっと待っててね。」
ほかにも既に、数組のお客さんがいる。テーブル席の人たちは、ガイドブックやスマホを片手に、会話に興じている。
カウンター席には、あたし以外は常連さんらしい人たちが2名。
「ショーコちゃん、おしぼりとお茶、出しとくよ」
エプロン姿のふくよかな女性が、あたしのところへおしぼりとお茶を持ってきた。
「この店、あたしみたくお節介な人が多くて、勝手にお手伝いしちゃうのよ。なにせ、彼女一人で切り盛りしてるからね」
にこにことしながら、気さくに話しかけてくる。
「近くで八百屋やってんのよ。亭主と貴重な昼ご飯まで顔つき合わせてたくないから、ここで充電してるの」
曖昧な笑いしかできず、思わず下を向いてしまう。
「もう、ミツコさんたら。お客さん、困ってるじゃない」
手を休めることなく、女店主が助け舟を出してくれる。
初めてきた店なのに、気さくな接し方にちょっとたじろぐが、ちょっと嬉しいような気もする。
しばらくすると、漂ってきたチーズの焦げる匂いに、さらに食欲が刺激される。
「はい、おまちどー。根菜たっぷりグラタン」
ほのかに甘い匂いを含んだグラタンは、まだチーズがぐつぐつと音を立てている。
「あちっ」
待ちきれず、早速食べてしまい、口の中を火傷する。はふはふ言いながら一口食べると、まず、蓮根のシャキシャキとした食感がくる。そしてブロッコリー、ニンジンの青みと甘みが届く。ホワイトソースはコクがあり、ほのかに味噌の香りがする。
「おいしい」
思わず一言つぶやくと、ショーコさんと奥さんがにっこりとする。
「でしょでしょー。ここのは何しろ野菜の味がしっかりしてるのよ。八百屋が言うんだから間違いないわよ」
まるで自分の店のことのように、嬉しそうに奥さんが話す。
「最近の野菜って、やけに甘さばかりを重視して、昔ながらの青臭さや酸味、苦みは嫌われるじゃない。ショーコちゃんの料理は、野菜本来の味をしっかり感じれるのよね。」
「なんか、久しぶりにちゃんと野菜を噛みしめてる気がします。」
「そうでしょー。あ、その小鉢の牛蒡も美味しいわよ」
小鉢には、牛蒡におかかがかかったものが盛られている。牛蒡は薄味に仕上げてあり、おかかは砂糖醤油でさっと和えたシンプルなものだが、ついつい箸が進む。
なんだか、胃袋も身体も喜んでいるのが分かる。カップに入ったスープは玉ねぎとオクラ。コンソメかと思いきや、わずかに鰹の匂いがする、とても優しい味。気づけば、すべてを平らげていた。