「すみません、私も忙しいので話すことがないならもう帰らせていただきます」
と言って、立ち上がった。
大山は肩を落としてうなだれた。
「あの女の言う通り、やっぱり俺は何をやってもダメな奴なんだ……」
「失礼します」
顧客が立ち上がった瞬間、大山の後ろから声がした。
大山が振り返ると、そこにはなんとナオミが立っていた。
しかし、その姿は、ホテルでテレビを見てゲラゲラ笑っているナオミでも、寝起きで顔も洗わずに髪をぐちゃくちゃにしたままのナオミでも、大山を馬鹿にした目で見るナオミでもなかった。
そこにいたのは、髪をきれいにまとめ、スーツを着こなした、モデルのようなスラっとしたスタイルの美しい女性だった。
顧客もナオミの姿に見とれてぼーっとしていた。
ナオミが「遅れてすみません。どうぞお掛けください」と言うと、顧客は言われるままに再び席についた。
ナオミも席について鞄から資料を取り出した。それは大山がホテルに置き忘れてきた資料だった。
「申し訳ございませんでした。今日の説明は私がするはずだったのですが、ここの土地に不慣れだったために道に迷ってしまい、遅れてしまいました」
ナオミは申し訳なさそうな表情を浮かべて、じっと顧客を見た。顧客はドキッとして顔を赤らめる。
「いや、私も時間はたっぷりありますから、全然気にしてないですよ。大山さんもそうした事情があるなら言ってくれればいいのに、はっはっは」
ナオミが肘で大山の脇をつつく。大山がハッとして口を開く。
「私からもひと言申し上げればよかったのですが、ははは」
ナオミが資料を使って説明を始める。丁寧ではきはきとした口調、わかりやすい説明、たまに顧客を見る目や髪をかき上げるしぐさ。
ナオミの説明は、わかりやすさでも、しぐさや表情で顧客を魅了するといった点でも完璧だった。
ナオミの説明が終わる否や、顧客は契約することを決めてくれた。商談は大成功だった。
「いやー、ナオミさんは美人で仕事もできて本当に素晴らしい。こんな部下を持って大山さんも幸せですね」
顧客が笑顔で大山に言う。
大山はどう答えていいかわからず愛想笑いを浮かべている。
するとナオミが、
「自分の上司で恐縮ですが、大山はリーダーシップもあり部下からもとても信頼されております」
とサッと答える。
大山は「よくそんな嘘がペラペラと言えるな」と呆れながらも感心していた。
「そうですか。私も大山さんのような方と取引ができてうれしいです。今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
顧客は上機嫌のまま帰っていった。
商談の帰り道、大山はナオミに礼を言った。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ。しかし、君もいつもとは全然違う見違えるような態度だったねえ」
ナオミは大山の言葉には全く答えず、
「せっかく外に出たんだから買い物でもしようかしら。私のおかげでうまくいったんだからいろいろ買ってよね」
とだけ言って、すたすたと歩いていった。
「まあ、確かに君のおかげでうまくいったわけだし、お礼ぐらいはするよ」