「もし、外で食べてきてたら無駄になるから、まだ作ってないわよ」
大山は食事を作ってないと聞いてホッとした。もし作ってあったら、あのまずい料理を無理やり全部食べろと言われかねなかったからだ。
「ちょっと何ホッとしてるのよ」
「いや別に……」
大山はあわてて答える。
「それより、昨日はお前が夜遅くまでテレビを見てたから、うるさくて商談の準備ができなかったんだ。それで夜中に準備をしてたら寝坊して商談に遅刻してしまって、そのせいで商談は失敗に終わってしまったんだぞ」
大山がナオミに不満をぶちまける。しかし、ナオミは悪びれた様子など全く見せずに言い返す。
「そんなの事前に準備をしておかないあなたのせいでしょ。テレビがうるさいなら私にうるさいと言えばいいし、朝起こしてほしいなら起こしてほしいと頼めばいいだけの話でしょ。全部あんたのせいでしょ!」
こう言われると、大山は何も言い返すことができなかった。
「そうやって何でも人のせいにしてるから、あなたは何をやってもダメなのよ」
ナオミが平然と言い放つ。
「そこまで言うか?」
大山は開いた口がふさがらなかった。
「それに商談はまたあるんだから、落ち込んでないで次がんばればいいだけでしょ。本当にダメな男ね。あんたなんて相手にしてられないからもう寝るわ」
と言って、ナオミはさっさと自分の部屋に帰っていった。
「なんて女だ……」
……と、こんな感じで大山の一期一会ホテルでの日々は過ぎていった。
大山とナオミの会話もずっとこんな感じだった。
そして、今日は大山がこのホテルで過ごす最後の日だ。明日の朝にはチェックアウトすることになる。
今日は大山にとって最後の商談の日でもあった。ここまでの成果はゼロ。もともと会社からは全く期待されていなかったとはいえ、このまま成果なしで帰るのもみじめだ。
大山は今日こそ結果を出したいと思っていた。しかも、今日の相手が一番の大口の顧客だった。もし、うまくいけば大きな手柄だ。
しかし、相手は今回会う相手の中で最も気難しい人でもあった。
大山は朝早くから緊張していた。前回の失敗を踏まえ、商談に遅刻をしないことだけを考えて早めにホテルを出て、相手との待ち合わせ場所に向かった。
約束の時間になると相手もやって来て商談が始まる。
極度に緊張していた大山はうまく口が回らず、最初の挨拶や雑談ですらまとも会話ができなかった。相手は露骨に顔をしかめた。商談の雰囲気は最悪だった。
このままではまずいと思った大山は、雑談を切り上げ早めに仕事の話をしようと思い、鞄から説明資料を取り出そうとした。
しかし、鞄の中には資料は入っていなかった……
朝から緊張していたこともあり、とにかく遅刻をしないことだけを考えてホテルを出てきたので、資料を持ってくるのをうっかり忘れてしまったのだった。
「あの、その……」
頭が真っ白になった大山は、顧客の前であたふたするしかなかった。
「えーと、今から資料で説明させていただきます。資料、資料……」
顧客は顔をしかめてチラッと時計を見た。