「いやいや、そんな大したことはしてきてませんよ。でも今日一日、意外と色々あったんですよ」
そう言いながら、最初ホテルで親子連れに部屋を譲ったところからひとしきり話をしつつ、ホテルに向かった。話を聞いていた彼は、やはり、良い人柄じゃないか、と笑った。
縁に再び到着。まさかここに帰ってくるなど想像もしなかった。しかもスイートルームだ。受付に戻ると、数時間前、自分が来た時に対応してもらった従業員がまだ受付にいた。
従業員は僕に気づいたようで、はっとしたような、困惑したような表情を浮かべながらも対応した。
「お帰りなさいませ、と、そちらの方は……」
「彼をスイートルームに泊めてやってくれ、お金はこちらが出す」
コレクターがにこやかに言った。
「かしこまりました。ではこちらの方で手続きを……」
先刻の僕の行動を見ていてか、従業員も合点がいったような表情で、スムーズに手続きをしてくれた。というより、
「あの、貴方もここに泊まられていたんですね」
「あぁ、旅をするのも好きでな。ついでに骨董品屋で時計を探したりもするんでね」
「なんか、僕だけスイートルームで恐れ入ります」
「何を言ってるんだ、その代わり時計を譲ってくれるんだから当たり前だろう」
「そうでしたね。あ、これ時計です」
「うむ、ありがとう。聞けばおじいさんの大事なものだっていうじゃないか。絶対に大事にするよ」
「ええ、お願いします」
「お待たせいたしました。こちらがルームキーでございます。あちらのエレベーターをお使いください。ごゆっくりどうぞ」
手続きが済み、鍵をもらった。二人でエレベーターに乗り、各自降りる階のボタンを押す。
「今日は本当にありがとうございます。おかげでスイートルームに泊まれるといういい経験ができます」
「なぁに、こちらこそまさかこんなところで求めていた時計が手に入るとは思わなかったよ、本当にありがとう。君があの時親子連れに部屋を譲ってくれたからこそ、僕『たち』は幸せになれたんだよ」
――チーン。
彼の降りる階に到達した。
「では、僕はここで降りるよ。君はこれからも色んな人を幸せにしていくだろう。そして、君も幸せになってくれ! それじゃあ!」
「はい! ありがとうございました!」
――チーン。
さあ、いざ、スイートルーム。
ガチャリ。
ひ、広い……。
思っている以上に広かった。写真やテレビなどでは見たことはあるものの、実際に体験するとやはり大違いだ。部屋がたくさんに分かれているなんてもはや住居じゃないか。いや、間違いなく僕が住んでいる下宿先より広い。ここで一晩を過ごせるとはいまだに信じられない。