旅はいいものだ。非日常との出会いはいい刺激になる。特にあてのない一人旅は急かされることもなく、気の向くままに非日常を味わい尽くせる。今日もそんな気ままな一人旅。季節は冬、通っている大学も冬休みだ。
さて、思うままにふらふらとしているがもうすぐ夕方にさしかかろうという時。宿も予め押さえてはいないので宿を探したい。
と、ちょうど大きめでいい感じのホテルを見つけた。名前は『縁(えにし)』というようだ。いい名前だ。ここで泊まれるだろうか。
「すみません、予約していないのですが、今日は空室はあるでしょうか」
「一名様でしょうか。現在、ツインルームでしたら一部屋空いておりますが。あとはスイートルームなら……」
スイートルームか、さすがに高嶺の花だから無いとして……一人でツインルームか。お金はかかるけど、せっかく一部屋空いてたのだし伸び伸びと使わせてもらおうかな。それにしても観光客の多い時期は外したつもりだが中々に人気の宿なのか。ラッキー、ツイてたな。
「ではそれでお願いいたします」
「かしこまりました。――それではこちらが鍵でございます。右手に見えますエレベーターをお使い下さい」
「ありがとうございます」
エレベーターに向かっていた時、ふと三人の親子連れが急ぎ気味に受付に行く様子が見えた。耳に入ってくる話では、どうも帰りに乗るはずの飛行機が目的地の悪天候のため欠航となり、急遽宿泊したいとのようであった。しかし部屋は先ほど自分が最後の一部屋をとってしまっていたのであいにく満室であると断られていた。
連れられている子供は女の子で、まだ小学校低学年ほどだろうか、疲れてぐずっているようだった。この時期だから他のホテルは空いているだろうとはいえ、子供にとっては一刻も早く休みたいだろう。
……よし。
「あのー、すみません」
「え、はい!? なんでしょうか」
どうしようとうろたえていた母親に声をかけたが、急だったのでびっくりしていた。
「実は先ほど僕が最後の一部屋を押さえたばかりなんですが、よろしければ宿泊なされますか。ツインルームですしちょうど良いかと」
「ええ、いいんですか!?」
「構いませんよ。元々予定も立ててない旅行でしたので、他のホテルを当たってみます」
とは言ったものの、果たしてそういった変更はできるものだろうかと思い、従業員に確認を取った。従業員も驚いていたが、問題ないと承諾をいただいたので、キャンセル手続きをして部屋を譲ることとした。
「ありがとうございます! 何かお礼になるものでもあれば差し上げたいのですがあいにくお土産ぐらいしか……」
「いえいえ、そんなの結構ですよ、困ったときはお互い様です」
「ほら、真奈美、あなたもお礼を言いなさい」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん」
すると、徐に女の子が母親の持っていた土産袋を触り出した。