「最後と言わずに、まだ長生きして思い出を増やしてくださいな」
「ほっほ、そういえば妻もよくそうやって弱音を吐くわしを励ましてくれたのう。これは妻からの慰めなのかもしれんのう」
うんうん、と納得したようにうなずきながらそう喋るおじいさんの横で、僕も相槌をうつように静かにうなずいた。
「こんな老いぼれに親身になって助けてくれてありがとうの。すまんが、わしは今やろくな財産が残っておらんもんで、お礼になるものと言ってもこんなものくらいしかないが、せめてもの気持として受け取ってくれんか」
――きた。思わず顔に出そうになったのをこらえ、至って平静を装った。
そうしておじいさんがスーツケースから取り出したのは、大事そうに袋に入った……懐中時計だった。
「それは昔妻がくれた初めてのプレゼントでの。もうとっくに動かんし古さびきってしもとるんじゃが、やはり最初のプレゼントということで思い出が詰まっておっての。妻もおらんくなった今では形見代わりとして持っておったんじゃが、もうわしもそう長くない。後生大事に持っておくもんでもなかろう。そこそこの価値のあるものだったはずじゃから売れば端金にはなるじゃろうて、好きに処分してくれい。」
「ええ、そんな大事なものを無下にはできませんよ……」
「いやいや、ほんとはもっといいものを渡してやりたかったところをそれで勘弁してもらうんじゃ、せめて少しでも自分の身になるようにしなさい。そんなものなくとも心にある思い出の方が大切じゃ。妻も快くそう思っておるて」
「そうですか……では、とにかく、ありがたく頂戴いたします」
「うむ、ではすまんが若者よ、わしは行かせてもらうよ。お前さんの人生に幸があるよう祈っておくわい。情けは人の為ならず、きっとその行動はいつか報われるはずじゃ」
「ええ、そちらこそ気を付けて、絶対に長生きしてくださいね!」
おじいさんがホテルに向かうのを見届け、思わず僕はもう一度ベンチでうなだれた。
「うーん、懐中時計かあ、興味ないから正直あまり嬉しくないしどれだけの価値があるかも分からないしそもそも動かないもんな……。参ったなあ、欲をかいちゃったからバチが当たったかな」
思わず苦笑しながら一人つぶやいた。それに形見代わりというそんな大事なものである手前邪険にも扱いにくい……。まあ、話のタネにはなるし、とにかく良い行いをしたことには違いない。旅は道連れ、世は情け。こんな旅もいいじゃないか。前向きに行こう。
とは言え、宿は結局取れていない。とこしえに行くのもあのおじいさんと鉢合わせるとなんだか気恥ずかしいしなあ、他の場所を当たってみるか?
スマホで他のホテルの場所を探してみると、最初行った縁の方面にホテルが見つかった。そちらの方へ行くか。
ホテルへ向かう道すがら、懐中時計をもう一度見てみると、チェーンが付いていた。思わず、チェーンを指にかけ、ついくるくると数回振り回してしまった。おっと、いけない、いくら処分してもいいと言われてもあのおじいさんにとって大事なもの。邪険に扱いにくいと思っていたのに邪険に扱ってしまうとはよくないな……。
その時後ろから急に声をかけられた。
「おいおい君、そんなもの振り回しちゃだめだろ」
「え、あ、すいません……」