さっきのバーでの酔いがまだ醒めていないのか、あるいは旅行で気が大きくなっているのかはたまたその両方なのか、僕は何故かその人のことが気になり、隣に座って話しかけた。
「こんばんは、どうかされたんですか」
「ん、ああ、まあちょっとのう……」
話しかけてから、しまったいきなり話しかけるなんて不審者みたいだなと思ってしまったが、別段疎まれるような様子ではなかった。しかしそれにしても浮かない様子だ。
「悩みであれば、僕でよければお聞きしますよ。話すだけでも気が楽になることもあるでしょうし。差し支えのない範囲で構いませんので」
「おお、そうかい、話を聞いてくれるのかい。まあ悩みと言うほどではないんじゃがな……」
そう言いながら、おじいさんはゆっくりと境遇を話してくれた。
「3年ほど前に持っておった会社の経営が傾き破産してもうての……それから生活が苦しくなる中、去年に妻が他界してしもうた……」
「それは……お気の毒です」
「もうわしも生きる気力がなくなってきての……。財産もほぼないもんじゃからこうしてふらふらして、野垂れ死ぬのを待っておるんじゃ」
「そんな、まだ分からないじゃないですか、生きてさえいればきっと良いこともありますし、諦めないでくださいよ……!」
話を聞くだけと言ったのに、つい熱くなって言い返してしまった。もちろん、良いことがある保証なんてないのに。
「そうかの……。そう言われるとそんな気もしてきたわい。もう少し生き長らえてみるかの。ありがとうの、親切な若者や」
「いえ、 お力になれたならよかったです。ところで、どうしてこんなところにいらっしゃったんですか? この寒い中」
「ああ、ここは昔旅行で妻とよく来ておってな……いつも観光の途中でここで休憩してお喋りをしておったんじゃよ。小さい公園じゃが春には桜も咲いとるし中々景色が良くての。そいでここから少し向こうの方に歩いて行ったところに『とこしえ』というホテルがあっての。いつもそこに泊まってたもんじゃよ。まあ、もう泊まるほどお金に余裕はないから、ここにいて思い出に浸るだけで十分じゃ……」
自分が今夜泊まろうとしているあそこだ……!
「あの、もしよろしければこれを……」
また見栄を張っていいかっこをしようとしてしまった。……いや、それもあるが、今日の流れを鑑みるに、わらしべ長者のようにこれは何かさらに良いものが返ってくるのではないかという欲が恥ずかしながら出てきてしまった。
「おお、なんじゃこれは……あそこの宿泊券か!? いや、いいわい、そんなことまでしてくれんで。老い先短いわしなんかよりお前さんが堪能しなさい」
「いや、是非とも受け取ってください。言ったでしょう、良いことがあるって。これもその一つだと思ってもらえれば」
一度出した手前、引っ込みがつかなかったのもあるし、根拠なく良いことがあると言ってしまったことに対するある種の償いみたいなものもあって半ば強引に受け取ってもらおうとした。……あと、わらしべの欲も。
「そうかい、あんたがそこまで言うなら最後の思い出に泊まらせてもらうとするかのう」