「褒められても謙遜できるところもまたよい。我が子も君みたいな人間に成長してほしいものだ」
「お子さんがいらっしゃるんですね。おいくつぐらいのお子さんですか」
「5歳の女の子だよ。ただ、私もあちこちに出張することが多い身でね。今日もその用事で来ているのだが、娘には少し寂しい思いをさせているよ」
「お子さんもまだまだ父親に甘えたい盛りでしょうしね」
「そうなのだよ。出張に行くと言うと不機嫌になるもんで、帰るたびにお土産を渡してなんとか機嫌を取ろうとはしているのだがね。恥ずかしながら娘の好みを中々把握できていなくて、『こんなの欲しくない!』って娘に怒られる時もあるよ」
ふとその時、脇に置いていた女の子からのお礼を思い出した。
「もしよろしければ、こちらのぬいぐるみをお土産にあげてはどうです?僕が持っておくには少し恥ずかしいものでして……。ああいや、別に無理にというわけではないんですよ、お子さんが喜びそうかなと思いまして……」
助けになるかもと考えて提案したものの、せっかくの女の子からのお礼を要らないからと押し付けているように受け取られたのではないかと思い、とっさに言い訳じみたことを言ってしまった。せっかく部屋を譲ったのを褒めてもらったのに、その一言で失望されたりしないかと保身に走ってしまった。
「おや、いいのかい? 確かに娘はぬいぐるみが好きで妻も買い与えたりしていたよ。特に犬のぬいぐるみはお気に入りだったはず。ただ、出張先であっても中々店先でぬいぐるみを買うというのが気恥ずかしくてね。我が子へのプレゼントだと思ってもらえるのだろうけどね」
「気持ちは分かります」
「このキャラのぬいぐるみは見たことがないし、きっと娘も喜ぶだろう。ありがとう。お礼にこれをあげよう」
そういって渡されたのはどうやら他のホテルの無料宿泊券のようだ。グレードもここと遜色ないように思われる。
「ちょうどこの近くにこの券が使えるホテルがあったはずだ。この時期だしさすがに空室もあるだろう。これで今晩は泊まりなさい」
「ええ、そんなの申し訳ないですよ。ぬいぐるみと比べて対価が大きいですし」
「遠慮はしなさんな。この券はもらいものなんだよ。それに私は君の人柄に惚れた! 見ず知らずの人に惜しみなく救いの手を差し伸べる優しい君を見てると私も何か良いことをしたくなってね。是非とももらってくれ」
「そんな、そこまで言われると恐縮です……。ですが、ありがとうございます!」
「こちらこそありがとう。娘へのいい土産ができたよ。君の旅路が良いものになることを願っているよ」
「はい、ありがとうございます! それでは失礼します」
会計を済ませてホテルを出た。空はもうすっかり日暮れ時だった。早くホテルに向かって荷物を置いてひとまず晩飯だな。スマホで宿泊券の使えるホテルを検索すると……あった。『ホテルとこしえ』。ここからだと歩いて15分ほどか。道も分かったし、行くこととしよう。
それにしても部屋を譲ったことでタダで泊まれることになるとは面白い。なんだかわらしべ長者を思い出すな。情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。
そんなことを思いながら歩いていると、ふと通りに面した小さな公園らしき場所が目に入った。辺りはすっかり暗く、街灯に照らされたベンチに誰かが座っていた。様子を見るとどうやらおじいさんのようで脇には大きめのスーツケースが置かれていた。服は着込んでいるようだが、こんな寒空の中で公園のベンチに居るのは何か事情があるのだろうか。表情を見ると少し思いつめたような感じに見える。