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『リュック』小林旦地

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「おはようございます」をもうちょっと元気に言ってくれたら、僕だって元気に返せるし、「休憩いただきました」をもう少し和やかに言ってくれれば、僕だって笑顔で「お願いします」が言えるのに。伊藤さんは変わらなかった。だから僕も変われなかった。
 僕たちと伊藤さんの関係が固まったまま、動かなくなってしまっていた。もしも一回でも元気に挨拶ができれば、そこから良くなっていく予感はあるんだけど、それができなかった。
「伊藤さん、大変だよねー」椅子に座ったまま田中がぼんやりと言った。このごろ、田中は伊藤さんのことが好きなんじゃないかと思うような顔で、伊藤さんのことを話す。もちろん、伊藤さん本人とは話さない。
「雨、強いのかな?」田中がビニール傘を手に取って立ち上がると、階段に続くドアを開けた。「あ、そんなに強くないじゃん。あたし今日自転車だから、今のうちにさっさと帰っちゃうね。バイバーイ」
「お、じゃあね、またねー」
 田中が帰った後、一人で荷物をまとめて、階段を下りる。雨で濡れた金属の階段は滑りやすくて怖い。僕は明日も出勤だ。伊藤さんも出勤だ。アスファルトの地面に足をつくと、急に足の裏の安定感を感じて、緊張していた足の筋肉が一気に緩んだ。もうなんだか歩きたくなくなってしまった。
 次の日はお客さんがほとんどいなくて、ものすごく暇だった。たぶん雨のせいだ。あまりに強いと、さすがに客足が遠のく。店長の指示でいつもより一時間早く休憩に入った。まだそんなにお腹減ってないんだけどなと思いながら、賄の寿司を三貫とって、休憩室に入った。きっと早めに帰らされるんだろうなとか思いながら寿司を食べていたら、ドアが開いて、伊藤さんが入ってきた。
「お疲れさまです」
 嘘でしょ?同じタイミングで休憩?
「お疲れさまです」
 暇ならいつ休憩にしたっていいのに、わざわざ同じタイミングにしなくたっていいのに。
 伊藤さんはいつも通りの椅子に座った。そして、いつも通り、資料を読む、と思ったら、何もしなかった。本当に何もしなかった。ただ座っていた。僕はもう三貫目の寿司を食べ終えてしまった。
 気まずい。外の雨の音だけが休憩室に響いていた。何か話さなくては。いや、無理に話そうとするから、気まずく感じるんだ。いつも通り黙っていればいいんだ。
 出来るだけわざとらしくないように欠伸をして、体を捻ってストレッチをした。
「あ」
 黙っているつもりだったのに、つい声を出してしまった。
 田中が欲しいと言っていた、流行りの青いリュックがロッカーに入っていたのだ。
「はい?」
 伊藤さんが反応した。
 まずい。そのまま何もなかったことにしよう。そう思ったけど、伊藤さんの声が少しだけいつもより明るい感じがした。気のせいだと思おうとしたけど、やっぱりちょっと明るかった。だから思い切って話し掛けてみた。
「あの青いリュック、あれ田中のですかね?今日出勤してないですよね?あれ、てか、あれ伊藤さんのロッカーですよね?」
 伊藤さんを見ると、伊藤さんは恥ずかしそうに下を向いて、少し耳を赤くして、笑っていた。
「あれ、私のなんです」
「え?」
「やっぱりちょっと合わないですよね、若者に人気なやつですもんね」まったくその通りだった。大学生の、しかも、田中みたいに鮮やかな口紅をするようなタイプの間で流行っているリュックだった。伊藤さんには悪いけど、全然似合わない。

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