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『リュック』小林旦地

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 もともと穏やかな飯塚だから、伊藤さんに対する不満を、どうやって伊藤さんにぶつければいいのかわからなかったのだろうし、なにより、伊藤さんを「うざい」と思ってしまう自分が嫌だったのだろう。だから出来るだけ関わらないようにして、出来るだけ「うざい」と思わなくて済むようにしていたんだと思う。
 伊藤さんが花粉症のせいで大きなくしゃみをする度に、僕は飯塚の様子をうかがった。飯塚は伊藤さんの方を見ることも無く作業を続けていた。
 誰に対しても元気な田中でさえも、この頃になると伊藤さんには自ら関わろうとはしなくなった。元気な田中だからこそ誰にでも元気に話せるわけだけど、彼女はただ元気なだけで、別に優れた社交性を持っているわけじゃない。無邪気に話しかけた結果、相手の反応が薄かったら、その無邪気さ故にへこんでしまう。
 僕はというと、単純に話しかける勇気が足りなかった。飯塚とほとんど同じような状況だった。ただ、僕は飯塚と違って伊藤さんと一緒に仕事をすることが少なかったから、飯塚に押し付けて僕は逃げているようで、なんだか申し訳なかった。
 そして、梅雨になった。雨ばかり降るけど、回転ずし店の営業は特に何も変わらない。お客さんが増えるわけでもないし、減るわけでもない。今日みたいに三十人の予約が入れば大忙しだし、特に予約のない平日は割と暇だ。
 野球少年たちからのマグロに次ぐマグロの注文をなんとか処理して、奴らが帰った後は片づけで大忙しだった。十時以降は斎藤さんと伊藤さんだけになる。僕らは退勤する前に自分が使った物の片付けと、明日の営業のための準備をしなくてはいけない。まあ、斎藤さんと伊藤さんが深夜の時は、そんなに気を使わなくてもいいんだけど。
 いつの間にか、伊藤さんは「出来る人」になっていた。週五で朝から、時には深夜まで働いているんだから、当然といえば当然だ。ミスをすることはなくなったし、注文についていけなくなることも無くなった。だから飯塚が伊藤さんのカバーをする必要はなくなったし、斎藤さんが説教をすることも無くなった。
 片付けを終えて、定刻まで掃除をして、田中と二人で勤怠を切った。
「お先に失礼しまーす、お疲れさまでしたー」
「お先に失礼いたしまっす!お疲れさまでした!」
「お疲れー。今日は大変だったね!雨降ってるから気を付けて帰るんだよ!」
 忙しかった日の斎藤さんは、いつも最後だけ優しい。
「お疲さまでした」
 もちろん伊藤さんは、いつも通り。僕はそれを聞き終わらないうちに後ろを向く。
 休憩室のドアを開けて、壁際に並んでいるパイプ椅子に腰をかけた。
「いやー疲れたねー」
「ほんとに疲れた。魚のところ大変だったでしょ?マグロ大量に出てたじゃん」
「まあ予想どおりだけどね。それより、ホタテが人気だったね。まさか野球少年がホタテ食べるとは思わないじゃん?」
「ね!ほんとに!でも、やっぱ伊藤さんすごいね。全然焦ってなかったじゃん。あたし途中で助けに行ったんだけど、『ああ、大丈夫です』って。やっぱあの人はロボットだよ」
「たしかにね」伊藤さんはロボットみたいだった。ミスをしない、感情のないロボット。
「昨日も深夜のシフト入ってたよね、伊藤さん。大変だね」
 伊藤さんが結婚しているということは、最近斎藤さんから聞いた。
「家族のこともあるだろうし、やっぱ大変なんじゃない?」
 伊藤さんはもう「出来る人」になったわけだし、これまでのように、あんなに申し訳なさそうに、礼儀正しくしている必要なんてなかった。僕らがミスをした時には軽く注意してくれても良かったし、ましてや敬語で話す必要なんてなかった。でも、伊藤さんは変わらなかった。僕たちも変わらなかった。

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