「そしたら外に出れる格好で玄関に来てもらえますか?」
「玄関に?」
「はい。見せたいものがあるんです」
梨沙さんが微笑む。なにかを企んでいるようないたずらっぽい表情。企みと呼ぶには無邪気な笑顔だが。
昼間は汗ばむくらいの陽気だったが、夜になるとさすがに肌寒い。標高が高いせいもあるだろう。薄着の私に梨沙さんがジャケットを貸してくれた。
「じゃあ行きましょうか。乗ってください」
「あ、はい」
言われたままに車に乗ると、梨沙さんに「行き先聞かないんですか?」と言われた。
「え? あ、まあ梨沙さんだったら変な場所には連れて行こうとしないだろうし……だったら聞かないほうが面白いかなあと」
「あら、信頼してくれてるんですね。ありがとうございます」
梨沙さんがうれしそうに笑う。信頼か。そんなものをもつ感覚は久しぶりだ。
車を走らせて十分程度が経過する。
「ここです」
梨沙さんが連れてきてくれたのは、ペンションよりも更に標高の高い丘の上だった。
「上見てください」
言われたとおりに上を見る。
「うわあ……」
思わず声がもれる。元々が田舎暮らしなので星空なんてめずらしくもない。そんな私でも感激するくらいの満天の星空だった。
「これ見せてくれようとしてたんですね」
「半分正解で半分不正解です」
梨沙さんがまたいたずらっぽい笑みを浮かべる。そしてそのまま歩みを進め、口の両端に手をそえ大きく息を吸い込んだ。
「やってられっかバカヤロー!」
キョトンとする私に照れたような笑顔で梨沙さんが振り返った。
「これ、私が仕事を辞めてこっちに帰ってきたときの夜にやったことなんです」
「仕事……辞めたんですか?」
「はい。営業の仕事で、優秀なほうだったんですが……周り全員敵って状況に耐えられなくて」
「敵……」
「加奈子さんとは細かいところはちがうと思います。でも心境は似てるんじゃないかと思って」
梨沙さんが車に戻り何かを出してきた。よく見るとそれは私が図書館で読んだ絵本だった。
「凛ちゃんが言ってました。加奈子さんがこれを読んだ後泣いていたって」
「そ、そうですか。お恥ずかしい……」
「恥ずかしくなんかないです。私もこれ読んで泣きましたもん。私があそこで倒れたところで森の仲間達みたいな人はいなかっただろうなって」
思わず梨沙さんの顔をジッと見つめてしまった。梨沙さんは私の視線を受けて力強く頷いてみせた。
「梨沙さん」
「はい」
「今だったら森の仲間達はいますか?」