「います。でももう私が倒れることはないと思います」
その言葉を聞いて覚悟を決めた。いや、ここから叫ぶくらいのことなんてそんなに覚悟を決めるほどのものではないかもしれないけど。でも私にはいるんだ。その覚悟を決める勇気を梨沙さんはくれた。
大きく息を吸い込む。
「私にばっかやらせんなよバカヤロー!」
その後、私の口からはとても人には聞かせられない罵詈雑言が次々とでていった。ついでに涙と鼻水も。でもこれで終わってはあんまりだ。この星空にふさわしい言葉で最後はしめよう。
「お姉ちゃん! みなみさん! 凛ちゃん! そして梨沙さん!」
後ろを振り返る。梨沙さんが私を見つめている。
「ありがとう!」
梨沙さんがさっきみたいに大きく息を吸い込んだ。
「どういたしまして!」
二人で顔を見合わせて大きな声で笑う。こんなに笑ったのは久しぶりだった。
帰りの電車に揺られながら干し柿を一口かじる。自然な甘さが口いっぱいに広がった。ふと前を見ると、向かい側の席にすわった子どもが私の干し柿をジッと見ていた。
「干し柿だよ。食べる?」
いつもだったら絶対にこんなことは言わない。隣にすわっている親に不審がられたくないからだ。でもなぜだか今は自然に言葉がでた。
「え、そんな! 悪いですよ!」
お母さんが慌てたように言うが、子どもはうずうずしている。
「まだあるんで。もしよかったらお母さんも」
私が包みの中を見せると、子どもはさらに目を輝かせてお母さんの方を見た。
「えっと、いいんですか?」
「はい。私もこれ旅先でもらったんです。おいしいですよ」
二人に干し柿を手渡す。それがきっかけで三人で仲良くおしゃべりをすることができた。こんな風に誰かとちょっとしたことを話すだけでたまらなく幸せな気分になる。苦しみしかない忙しさの中で私はそれを忘れかけていた。
過酷な環境が当たり前の日常になっていた。私がやることが当然。あれに慣れてしまうことが今の私の最善の策なのだろうか。
ちがう。そんなことは絶対にない。私が荷物を持ったこと。私が本を読んだこと。私が干し柿をあげたこと。こんなほんの少しの親切でさえ感謝してくれる人がいる。
お姉ちゃんが私を心配してくれたこと。梨沙さんが私の話を聞いてくれたこと。多分二人はそれほどのことをしたとは思ってない。ほんの少しの親切くらいに思っている。でも私にとってそれがどれほどの助けになっただろうか。
私はそんな人と一緒にいたい。そうじゃなきゃなんのための人生なんだか分からないじゃないか。
「そろそろペンションももう一人くらい従業員ほしいんですよね。あ、ちょっと向こうにあるパン屋さんもそんなこと言ってたなあ。いい人いたら紹介してほしいって言ってたし。あ、事務やってほしいってとこもあるなあ」
私と笑い合った後、梨沙さんは独り言風にそんなことを言った。
「ま、こんな感じで色々ありますから。加奈子さん。選択肢は一つじゃないんですよ。留まらなくてもいいんです」
そうだね。だって世界はこんなにも広いんだから。
窓の外を見る。今日もさわやかな秋晴れだ。さて、これからどこへ行こう。私の旅はここから始まる。