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『線の上で踊る』森下千尋

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 抹茶を啜ると、口の中にまろやかな苦味が現れ、少し遅れて甘味が続く。混ざり合いながら喉の奥へと消える。ばあちゃんは抹茶には少しブラウンシュガーを加える。
「ねえ、ばあちゃん。昔、ここに泊まった事があるの?」
 「随分前のはなしだけどねえ。じいちゃんが生きとった時一緒に来たことがあるんよ」
 節子は窓の外に揺れる竹林を懐かしそうに見つめている。
 「そやから今日はありがとう、サトル。ここに連れてきてくれて」

 記録を残していたのか、聞くタイミングを逃してしまった。
 でも、ありがとうと言われただけで今回の旅行は充分に思えた。

 夕食はコースで、前菜からデザートまで丁寧に作られていた。一皿毎にまるでアート作品のような色彩や盛り付けで、器にもこだわりが感じられた。オーガニックの野菜や地元で採れた食材を堪能し、ふたりは満足だった。
 「ご満足いただけましたか?」
 白石さんがふたりのテーブルへやってきて声をかけた。
「ええ、もちろんです。何というか……ちゃんと食べたなあって感じです」
 もちろん食べているものが、普段のコンビニで買う夜食とでは大違いだ。でもそれよりも、日々の食事を自分はちゃんと食べていたのかとサトルは自らに問いかけた。スープの香辛料が鼻を刺激した。紫、黄色に赤、緑のカーペット上に広がる色彩が目に焼き付いている、前菜のサラダ。ローストした鶏は舌先に旨味を乗せ、五穀米の食感はもちもちとして食べごたえがあった。身体がフィルターだとしたら、すごく感度が良い。非日常の空間にいることがそうさせるのか。
「美味しかったねえ」節子も満足げに微笑む。

 節子は夜九時過ぎには床に就いた。移動疲れもあったのだろう、普段よりも就寝時間が早かった為、サトルはひとり時間を持て余した。カーディガンを羽織り、節子を起こさないように部屋からそっと出る。
 修学旅行の夜、一人目覚めて「ああ、この夜はもう二度と来ないんだ」と耽った事をふと思い出した。あの時と似ている、自分だけに与えられた時間はまるでボーナスタイムのように思えた。なんだか嬉しかった。外は月が出ていて、穏やかな良い夜だった。階段の踊り場にまるでオブジェのような砂時計が飾られている。one dayと書かれていて、細かい金の砂がさらさらと零れ落ちていた。零れるように、絶えず時間は進んでいる。

 喫茶スペースに来たものの営業時間は終了していた。さて、アテがなくなったなと思っていると暗闇から白石さんが現れた。
 「うわっびっくりした。どうかされましたか」
 「眠る前に珈琲は如何なものか、と思いつつ飲みたくて来たけどもう終わりなんですね」
 サトルはバツが悪そうに頭を掻く。
 「ああ、珈琲なら受付にポットでお客様用にサーブしているものがございますので。よろしければそちらをお持ちしましょうか」
 「いいんですか。それは嬉しいです」

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