相沢くんはわたしの声に弾かれるように急いでお皿を持ってテーブルまで運び、そして見えない糸で巻き取られたかのようにカタカタと戻ってきてこう言った。
「あの、彼らこの近くの大学の学生さんで、授業で絵を描かれたそうなんです」
「うん、で?」
「それで、飾る所がなくて、でもアートを頑張りたいって」
「そうー、で?」
「で、ここで飾って欲しいって」
「そうなのー、で?」
「あ、だから『いいですよ』って言いました」
「へー……って、違うわ!何でわたしに聞かないの?インカムは!?しかも設置しちゃってるじゃん!あそこ、リザーブ席から一番壁がキレイに見える場所なの、開けてたの!『絵を飾るのにちょうどいいねー』じゃないの!壁を、見る、為に、敢えて、開けてたの!!!」
わたしの猛烈な剣幕にさすがの相沢くんもシュンとしてしまった。でもやっぱりあそこだけはどうしても譲れなかった。
「ごめんね、強く言って。でも、彼らの気持ちもわかるけど……今日だけはダメなの。絵に罪は無いし、飾ることも後でちゃんと考えるけど、今日は一旦外しましょう」
そう言って、今度こそ厨房の外へ出ようとしたその時、ガランと扉が開く音が鳴った。
(しまった……!)
時わずかに遅し。招待客のみんなが来てしまった。
「い、いらっしゃいませえ……」
こんな時でも体にしみこんだ言葉は勝手に出てくるのだなと妙にのんきな事を思った。
「お久しぶり、今日は楽しませてもらいますよ」
集団の先頭に立ち、そう言って優しく微笑むのはわたしが一番恩返しをしたいと思っている人物、おじいちゃんの親友の村さんだった。外はすっかり暗くなって雨がパラつき始めたようだった。天気までわたしの完璧な一周年の味方をしてくれないかと思うと悔しくて今にも泣きそうだった。が、何とか作り笑いでそのもやもや事丸飲みにしてやった。
***
「じゃあ今日はみっちゃ……おっとまた間違える所だった。『オーナーさん』が厨房に入ってるんだね、さすが元料理人は頼もしいねえ」
村さんはそう言いながら、相沢くんと楽しそうに会話をしている。わたしはさっきの事もあるので厳重に相沢くんに『インカムを使え!』と念押し、先ほどにも増してホール目を光らせ、神経を尖らせながらキッチンワークに勤しんだ。
ホールでは賑やかな会話が弾んでいた。インカムからわずかに聞こえるその声に心地よさを感じ始めていた時、恐れていた言葉を誰かが発した。
「あの絵、いつ飾ったの?」