おそるおそる扉を開けると、ピンクラビットが立っていた。そのままラビットは襲い掛かるようにこちらに倒れてきて多田の悲鳴が廊下に響いた。
同じく405 号室。床にはピンクラビットの首が転がっており、首から下はピンクのタイツ姿の吉村がベッドで横になっている。吉村の元に水を運んでくるのは多田。
「大丈夫か?」
「(水を受け取って)すいません。いやあ着ぐるみって熱籠もるんすね。ずっとクラクラしてて。名簿みたら多田さんがこの部屋にいるって分かったんで」
「ったく。ビビるよ。トイレ行けないから水分我慢すんのはわかるけど、倒れんぐらいにはちゃんととっとけよ」
「すいません。ほんのちょっとだけ代わってくれませんか?」
「代わるって?」
「これウサギ……」
「はあ? 俺、今日久々の休みだよ」
「やってくれた分の時給は渡すんで……」
「いや無理だって」
3階の廊下をおそるおそる廊下を歩く私と潤子さん、英さんはそれぞれ、前後ろと確認しながら目的地を目指した。廊下は赤色の電灯に照らされ不穏な空気を醸し出している。
「あったあれだ」
英さんの指さす方には白い公衆電話がテーブルにポツンと置かれていた。「行くぞ」 酔っ払いの英さんは何故だか急にたくましい。恐怖を紛らわすためにアルコール摂取をしていたのだと勘づいた。
すぐつながったらしく、英さんは私に押し付けるように受話器を差し出した。そこだけ、私? と思ったが、まあ一緒に行動させてもらっている分少しは貢献はせねばと受け取った。女性が何者かに襲われているような叫び声が聞こえてきた。
「フロントまで来てください! あなたにこれを託したい。早く! 早くとりに来てください! きゃーっ」
ぷつんと電話が途切れた。
「フロントまで来てって……」
「裏の階段を使おう! エレベーターは混むだろうから」
そう英さんが言ったとき、全員のスマフォが振動し始めた。
「やばい! あいつだ!」
ピンクラビットが角から姿を現し私達めがけて走ってきた。
「ああもうだめ」
英さんはピンクラビットに捕えられ、続いてとこちらに向かって走ってきた。
「早く! 潤子さん!」
途中で、膝をついて動けなくなった潤子さんの手を私は握ったが、
「ごめん、もう年だわ。あなただけでも行って」
とドラマチックに後を託された。ピンクラビットに触れられるとアプリがフリーズする仕組みになっており、一階のレストランまで行かなければ解除されない。捕まってもそれなりの楽しみ方ができるようにはなっているので、私はそこまで悲観しなかったものの、これから一人は厳しいよねと、走りつつ振り返ると、ピンクラビットが倒れた潤子さんを両手でつかんだまま離そうとしていない。私は何? と足を止めて、その様子を見ていると、ピンクラビットの首がポロッともげ、多田が姿を現した。
「おふくろ」
状況が掴めないまま、呆然とする潤子さんはしばらくして首がもげたピンクラビットの懐に顔をうずめた。どうして多田がまたあの格好をしているのか、理解が及ばなかったが、ここは一つ去る事が望ましいことは明白で、英さんを呼びつけ一緒に一階まで階段で降りる事にした。
『The Last Supper』は、やはり赤い蛍光灯で深夜の怪しいバーのような雰囲気だったけれど、近付くと外からでもとてもいい匂いがした。キッチンの方ではピンクラビットが白い煙に巻かれながら料理に精を出している様子だった。英さんは「グッドラック」と私にいうと中に入っていった。と、すりガラス越しに視線を感じた。こっちを誰かが見ている。ゾンビかあれは。ゾンビだ。ゾンビがこっちに手招きをしていた。すりガラス越しに近づいていくとそのゾンビは糸井さんという会社の上司であったことが判明した。私は身に危険を感じて踵を返そうとしたところ、「待ってくれ」とかすかに聞こえて立ち止まった。
結局、レストランの『面会室A』に入り私と糸井さんは対面した。
「心配したよ。元気そうでよかった。まさかこんなところで出逢うとはな」
「……色々すいませんでした。退職届はあとでちゃんと」