『TAKADA』の文字が光るホテルの看板が点滅していた。それも演出の一つだと、夕方五時のチェックインの為に一緒に受付に並んでいるこの男は、聞いてもいないのに私に教えた。「LED張り替えるのに沢山のアルバイトがかき集められて」とそこまで話したこの男に、そんな事まで知ってしまったらつまんなくなるでしょと私は話を遮った。会社から逃亡して今日で三日目になる。あれ以来スマートフォンの電源は切りっぱなしで、リュックごと押し入れの中に閉じ込めていた。家にいる間は会社の誰かが訪ねてきたらと、びくびくしていたが、結局インターホンが鳴ったのは、この男が今日の午後三時頃に訪ねてきた時のみだった。何故、住所が分かったかって、この男は私の全個人情報を自分のものにしたあのウサギ男だったからだ。そんなこともなんだか、別にもうどうでも良いとも思っていた。ウサギの被り物をとった男は、短髪の金髪に左耳にピアスという、いかにもチャラ男という感じで、そういった意味では分かりやすく、そういうヤツだからとある一定の距離を保つことができるし、適当で良いと迎えに来た男の軽自動車に乗って今に至る。フロントにはドラキュラの女が二体いた。
「それではここへお名前を」
客はそれぞれ血のこびりついたチェックイン用紙に記入を終えると、ドラキュラから部屋の鍵を受け取り、係員のフランケンシュタインに案内され、中央ロビーに待機、という流れだった。参加メンバーは私達ぐらいの若い男女(学生の集まりやカップルと思われるグループ)や、中年夫婦、アジア系の外国人、親子連れ、の計二十人程度。全体の参加者数は百人を超えているらしいのだが、チェックインの時間によってグループが振り分けられているとこのチャラ男は言った。
「ミコさん、めっちゃ似合ってますよ」
とチャラ男はフロントのドラキュラの女に向かって言いながら、世界観を台無しにしてチェックイン用紙に記入をしていた。私は苛立ちを隠せず、さっさと自分の分を書き終え306 の鍵を受け取って中央ロビーに逃げるように向かった。男の用紙の氏名欄に『和田』という苗字が見えた気がして、そういえばこのホテルまでの道のりで男の名前も知ろうとしなかった自分の無関心さにも驚きつつ、ここからはもう一人で良いと勝手に心の中で決めた。女一人でイベントに参加するのは慣れっこで、好きなバンドのライブや定食屋にも度々一人で行っていた。精神科に通い始めてから、そういうこともできなくなって、休日は通院して家で抑うつ剤を飲んで寝込むという生活の繰り返しになっていた。今頃、勤務先の会社は私が請け負っていた仕事の引継ぎでバタバタしてんだろうなとか、糸井さんも仕事が増えてゾンビみたいになってんだろうなとか罪悪感は多少あったものの、しかし、休日出勤も、二撤三撤の長時間労働も当たり前で、ルールを破ってるのは会社の方なんだからと自己肯定感を取り戻そうとしていた。それでも何度も再来する罪悪感に、どうせなんだから今日は無理矢理にでも楽しもうと言い聞かせる。帰った後で、ちゃんとした手続きは澄ませば良いんだから。と、自分で自分をカウンセリングしながら。
突然、館内の電気が消え、暗闇に客達の悲鳴が響き、その中から低くてダンディーな声が会場を包んだ。
「皆様。ようこそ、TAKADAホテルへ。私は、支配人のドン・ウルフです」
スポットライトが照らした方向にオオカミ男が立っていた。オオカミ男は遠吠えをした後、小走りでこちらに向かってきて、スポットライトもその後を追った。ドン・ウルフとはテーマパークおなじみのメインを飾るキャラクターであり、観客からは歓喜の声があがった。
「ホテルは私達、ファンスティックシティのメンバーが完全に乗っ取りました。今夜、あなたたちは眠ることを許されないでしょう。とくと祝祭の夜をご堪能あれ」
スポットライトが消え、館内の電気がつくと、マイクを持った魔女が一人立っていた。
「あれ、豊田さん。ウチの社員」