いつのまにか眠りに落ちていた。日勤の従業員が仮眠室の六田を起こしにきたとき、すでに夜の八時になっていた。頭は重く、体は動悸がして、全身はざわついている。冴えない頭のまま、仕事の引継ぎをした。仕事なんて、どうでもいい気分だった。薬が効いているのか、また眠気が強く襲ってきて、六田は仮眠室で横になった。
――今夜、電話がかかってきたって……
この日、六田が夜勤をするようになって初めて、フロントの電話が一度も鳴らなかった。
六田は朝の五時に目を覚ました。なにをするでもなく、フロントのカウンターに立つ。ガラス張りの玄関から見える外は、まだ暗闇に包まれていた。六田はぼんやりと外を眺めていた。少しずつ、外の暗闇が薄らいでいった。いつの間にか六時になっていた。そこに玄関で予期せぬ人の姿が目に入った。二宮だった。
「いやあ、ちょっと早いかなと思ったんだけど、出来上がってみると、早く試したくてな」
「と言いますと?」
「ほら、昨日、話したろ。部屋で話をするってやつ。その機械を持ってきたんだよ」
「えっ」
「あんた、頷いていたじゃねえか」
六田は記憶になかったが、思い当たるところはあった。裕子の結婚を知らされた時だ。
「中古でいいのがあったから、ずいぶん安くあがったよ」
返答に窮する六田をよそに、二宮は話を進めた。
「まずは使ってみようや。どの階も廊下に電源はあるのかい?」
「あります」
「ちょっと上の階に行ってくるからよ」
二宮は手にしていた弁当箱ほどの機械を一つは六田に手渡し、一つは脇にかかえて、エレベーターに向かった。
「電源を入れれば、通話ができるから」
六田は機械の電源コードをコンセントに差し込み、スイッチを入れた。小さいノイズが鳴っていたが、ほどなく二宮の声が聞こえてきた。
「おーい、聞こえるか?」
「あ、はい。聞こえます」
六田が想像していた以上に、鮮明な音声だった。
「ちょっと、有線を入れてみてくれよ」
六田は有線のスイッチを入れた。フロアにJ-POPが流れた。
「ああ、音楽もちゃんと拾ってるな。オーケー」
すぐに二宮がエレベーターを下りてきた。
「ばっちりだな。これでまた、あの娘さんがきたときに……」
その言葉に、六田は無意識に表情を曇らせた。二宮はそれを見逃さなかった。
「ん? もしかして、あんた」
六田は何も答えなかった。それが答えになった。二宮は六田の肩を軽く叩いた。
「あんた、仕事は何時まで?」
「八時までです」
「よし、そしたら海に行こう。付き合ってくれよ、な」
「はあ」
「病院に行って、また戻ってくる」
八時ちょうどに、二宮はホテルの前に車を横付けした。白の小型のバンで、車体の横に、「二宮電気」というロゴが入っていた。二宮が運転席から手招きして、六田は助手席に乗り込んだ。
「海っていうのは、夜に行っても、昼に行っても、いつでもいいもんだ」