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『ホテル支配人の夜』小竹田夏

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「これからラジカセをお持ちします」
 エレベーターで四階まで上がり、裕子の部屋のドアをノックすると、チェーンがついたままドアが少し開いた。
「ありがとうございます。そこに置いておいてもらえませんか」
 ひそめた声は、まだ涙声だった。六田はドアの隙間から裕子の表情を窺ったが、暗くて読み取れない。足元灯だけが点いた室内は、六田の知らないうちに部屋の奥で、どこかの海底に繋がっているように思えた。六田はドアの前にラジカセを置いて去った。三十分後に様子を見に行くと、ラジカセはなくなっていた。

 宿泊客の朝食は、朝七時からフロント脇のレストランで提供される。開始同時に宿泊客が続々と朝食にやってきたが、八時を過ぎても裕子は姿を現さなかった。六田は残業をしてフロント業務を続けた。九時に朝食の提供が終わっても、裕子は現れなかった。六田の足はいつの間にか裕子の客室に向かっていた。ドアノブには「DON’T DISTURB」の札がかかっている。六田はドアをノックしようと手をかざし、思い直してやめた。チェックアウトは十時。朝食を食べない宿泊客もいる。DON’T DISTURB。分かりきっていることだ。
 六田はフロントに戻り、他の客のチェックアウトを処理しながら、幾度となくロビーの時計に目をやった。十時五分前。六田が受話器を取り上げ、裕子の部屋番号を押そうとしたところで、裕子が小走りでフロントにやってきた。裕子は息を弾ませて言う。
「おかげさまで、ぐっすり眠れました。寝すぎたみたい」
 裕子の表情は華やいでいた。六田は年甲斐もなく胸が高鳴り、気の利いたことの一つでも言おうとしたものの、口をついたのは普段の台詞だった。
「またのお越しをお待ちしております」
 裕子は小さく笑った。
「近いうちに、必ず来ます。またお話を聞いてくださいね」
 そして足早に去った。

 その日のうちに、六田は有線放送の営業マンに連絡を取り、試験的に一部の客室で導入することにした。従業員たちは、どういう風の吹き回しかといぶかしがった。
「そろそろ、このホテルも変わってもいい頃だ」
 六田はそう周りに説明し、自分にも言い聞かせた。一週間後、ロビーと三つの客室で、波の音からエルビス・コステロ、般若心経まで聞けるようになった。六田は満足していた。有線を導入してから、不思議と毎晩、裕子が夢に出てきた。夢の中の裕子は六田に静かに近づいてきて、六田が裕子を抱きしめようとすると、そこで決まって目が覚めた。

 それから一週間が経過した夜、八時過ぎに一人の客がホテルにやってきた。裕子だった。六田の声は自然と上ずった。
「お待ちしておりました」
 裕子は微笑んだ。
「前回、とてもよく眠れましたので」
 この日の空室は残り一室で、有線放送を入れた部屋はすでに埋まっていた。さらに悪いことに、有線を契約したときにラジカセもテープも処分してしまっていた。裕子はそれを聞いて残念がり、六田は申し訳なさそうに付け加えた。
「ロビーでは波の音を聞けますので、よろしければお越しください」
「そうします」
「他になにかございましたら、いつでもおっしゃってください」
 鍵を受け取ってエレベーターに向かう裕子の背中を、六田は心の中で一人はしゃぎながら見送った。

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