武蔵はつぐみが言うよりも早くそう言うと、また土下座をした。
つぐみは少し考えたが、まぁ貴重品持って、念の為写真を撮っておけばいっか。こいつじゃ何も出来ないだろうし。と思った。
つぐみが許すと、
「しっかり留守番してます。この部屋の安全は僕が守ります!」と武蔵は言った。
いや、お前が侵入者で既にヤべー奴だから。つぐみはそう思いながら、貴重品の入ったバックを持ち、バスルームに篭った武蔵を部屋に残して出掛けた。
早く戻りたいと思っている時に限って、最初に入った薬局にいつものクレンジングが無くて、少し離れた所まで行ったので、ホテルに戻って来るまで三十分以上はかかってしまった。しかもいよいよ台風本体が近付いて来たのか、横殴りの雨で傘も役に立たず、つぐみは全身びしょ濡れになってしまった。
ホテルのスタッフがタオルを用意してくれてそれで体を拭いていると、少し離れた場所で、今から外に出ようとしているスラリとした綺麗な女性が別のスタッフに引き止められていた。
「プリンを買いに行かなくちゃなんですっ。行かせて下さい」などと必死に訴えていた。
こんな日にそんなに必死にプリンかよ。とつぐみは髪から滴る雨水をタオルで拭きながら心の中で思った。
そしてその時になって初めて変装グッツのウイッグを被っていないことに気付いた。まずいと思いタオルを頭から被ると、晴人に見つからないうちに早く部屋に戻ってまずは着替えようと、足早にフロントを過ぎると、その先にあるBarに目が留まり、足も止まった。
Barの入口付近に晴人の姿があった。隣には女の姿が見える。
つぐみは慌てて柱の影に隠れる。
なんで、仕事中じゃないの。その女誰? どーゆうこっちゃねん! と頭の中がパニックになった。
通り過ぎる人達がつぐみの姿をジロジロ見ている。その視線に気付いて、動揺しながらもとにかく着替えをしないと、と慌てて部屋へ戻った。
部屋に飛び込むと、バスルームでとりあえず服を脱ぎ捨て、「下着までびしょびしょじゃんっ」そう言って真っ裸になって、バスタオルで改めて体と頭を拭いた。
そして着替えを取りに行こうとした時、動揺してすっかり忘れていた武蔵の存在を思い出し、慌ててバスタオルを体に巻いた。
バスルームを見渡して、あいつバスルームから出やがったな! と思いながら、部屋の方へ恐る恐る向かう。だがそこにも武蔵の姿はなかった。
「出て行ったのか。なんだよ、お礼もなしかよ」と言いながら、それどころじゃないと急いで着替えようとすると、ベットに置いた服が無い。バスルームに駆け込むとそこにあったはずのウイッグも無い。
武蔵が着ていた服だけが、ベットの上に綺麗に畳まれていた。
早くロビーに戻りたかったつぐみは、「あいつ、どういうつもりだよー」と叫びながらも、仕方なくその服を着るしかなかった。
再びロビーの柱の影からBarを覗き見ると、晴人の姿はまだそこにあり、女性も隣にいた。
「あぁ、もうなんなのよぉ」
つぐみは持っていた携帯電話を見る。いつも仕事が終わると晴人はメッセージをしてくる。その連絡が今日はまだない。