切羽詰った声でそう言うので、怖さで震える体を押さえ頭をコクコクと下へ振った。男はつぐみの口から手を離し、改めて土下座した。あまりにも必死に頭を下げている男をつぐみは観察した。
軟弱そうで華奢な体付き。中性的な綺麗な顔。これなら私でも捻れるんじゃないかとつぐみは思い、少し冷静さを取り戻した。
よく見ると男の額に小さな傷があり、少し血が出ていた。
「何かあったんですか?」
つぐみは恐る恐る聞いてみた。
男は見た目とは裏腹に武蔵という男らしい名前を名乗った。童顔だがつぐみよりも年上で二十六歳。同級生の彼女がいる。
「実は沙都が、彼女が突然やって来て――」
彼女の名前はサト。一緒に暮らしているが、ちょっと一人になりたくてホテルに来たが、沙都が突然やって来て、一人でホテルに逃げ込むほど自分の事が嫌いなのか? 他に女がいるんじゃないか? と物凄い剣幕で怒り出し、物を投げてきた。
「ちゃんと説明したかったのですが、とてもそんな状況ではなくて」
「あの、血出てますよ」
つぐみは自分の額を手で指差しながら武蔵に言った。武蔵が手で額を触ってみると、そこが痛いのかすぐに血が出ている部分に触れ、「いたっ」と言って顔を歪めた。そして触った手を見ると指の先に血が付いていた。
「うわっ、本当だ」
「あ、絆創膏持ってるかも」
つぐみは立ち上がりキャリーバックを漁った。
「鬼カノだね」
「こ、これは、沙都のせいじゃなくて、投げてくるのを避けて自分でテーブルにぶつかりました」
「自爆かよっ」
つぐみは思わず吹き出した。だけど変に沙都のせいにしないことに、なんだかいい奴だなと感じていた。
「何をちゃんと説明したかったのよ?」
「それは――」
武蔵は説明したかったこと、一人で考えたかったことをつぐみに話した。つぐみは話を聞きながら濡らしたティッシュで武蔵の額の血を拭くと、絆創膏を貼ってあげた。そして貼られた絆創膏を見て、急に自分の状況を思い出す。
「そうだ! 私薬局に行かなくちゃだった……」
どうしようの眼差しを武蔵に向ける。
「お願いです。まだ追い出さないで下さい。もう少しここに居させて下さい。なんならお風呂場に篭ってます。帰って来るまで出ません。お願いします」