廃棄になるようなものを使うわけには、もちろんいかない。
ここ最近は、この日の事ばかり考えてきた。レシピも何度も考え直し、実際に作る時間がない時でも頭の中で何度も手順のイメージをしてきた。
だから、想像以上に手際よく、そして、完璧に完成させることができた。
マンゴーとオレンジのシブースト。
間違って誰かに食べられてはいけない。厨房の冷蔵庫に、使われていないスペースがあるから、そこに置いておこう。見られて「これは何ですか」と聞かれても面倒だから、少し奥の方に。
冷蔵庫の扉を閉めて、大きく一つ、息を吐く。朝っぱらから集中したので少し疲れた。少し、外の空気を吸ってこよう。
7
子供の泣き声で私はハッと我に返った。
午前中は客さんが多く、常に動きっぱなしだったが、ランチタイムを過ぎてからは客足が途絶えていたので、ぼんやりとしてしまっていた。
声の方に目を向けると、小さな男の子が大声をあげて泣いていた。迷子になって彷徨っているうちにこの店の方に入ってきてしまったのだろう。
ちょうど他にお客さんがいないタイミングでよかった。男の子の方に歩み寄り、しゃがんで話しかけると、泣き止みはしないまでも大声は止まった。とぎれとぎれに、両親とはぐれたことを伝えてくれる。
「どうしようね」
男の子に言うでもなく、私は立ち上がりながらつぶやく。目を伏せて鼻をすすっている姿を見て、とにかくどうにか元気になってもらえないものか、と思う。
瞬間、ある考えがパッと脳裏に浮かんだ。
「ねえ、ちょっとこっちに座ろうか」
男の子に言い、手を引いて、フロントが見通せる窓際の小さな席に案内する。
「ちょっと待っててね」と言い、踵を返す。
厨房ではシェフと調理師の方たちが談笑していた。「どうかした?」と聞かれたので、「いえ、別に」と答える。
何か言われても面倒だ。私は何気ない風を装って奥の冷蔵庫の扉を開け、奥にしまってあったケーキを取り出し、静かに閉め、厨房を出る。
先ほどの席に戻ると、男の子は多少落ち着いた様子ではあったが、暗い顔をしてガラスの向こうのフロントのを見つめていた。私の足音に気づいてこちらを見る。
「ほら、ケーキ食べて、元気出して」
男の子の前に皿を置くと、彼はポカンとした表情になった。「いいの?」と言っているように見えたので、
「これ、私が作ったの。あなたのために。特別よ」
特別。自分で言って、納得する。この子は、私の特別なお客さんだ。
8
午前中は余計なことを考えている暇もなく、あっという間に過ぎていった。今は静かなもので、ゆったりと時間が流れているのを感じる。
「そういえば」と、ホールからキッチンに戻ってきた女の子が僕に声をかけた。
「この辺で大きなパティシエのコンクールがあるらしいですね。今日だっけ、明日?」
「へえ」僕は曖昧に返事をする。
「興味ないんですか」
「うーん、そういうのは専門の人のものでしょ。君は出ないの?」