5
次の日、私は朝早くに厨房に立っていた。昨日、下準備をしている最中に、せっかくならある程度構想を練って、しっかりとしたものを作ろう、と思ったのだ。それで、誰かに食べてもらおう。シェフに食べてもらって、アドバイスをもらってもいい。朝厨房を使うためにカギを貸してくれたお礼に、瀬上さんに食べてもらうのもいいかもしれない……なんてことを思う。
その反応で何かを得よう、と思ったわけではない。未だに、自分の漠然とした将来への迷いはある。
家でどんなスイーツを作ろうか、と考えているときは、少なからず楽しい気持ちだった。自分はそんなふうに、時々知人に自分の腕を揮って、喜んでもらえれば満足なのではないか、とも思う。何も、自分の能力を超えて上を目指す必要もないかもしれない。そんなことを考え始めていた。諦めや言い訳ではなく、現実的な可能性の一つとして。
とにかく、こうやって作業に没頭しているときには、前向きな気持ちになれる。
マンゴーとオレンジをメインに置いたシブースト。構想だけは昨晩練ったが、ぶっつけ本番、というか、そもそも本番も何もないのだから、大胆に作ろう、と思う。
作業工程は想像以上にスムーズに進んだ。構想になかったフルーツをソースにしてみたり、寄り道をしたものの、やりたいことは出来た。
誰に食べてもらおうかな。
そんなことを思いながら、厨房の冷蔵庫の、普段使っていない空きスペースにそのケーキを置いておく。勝手に取られないように、少し奥の方に入れておこう。
扉を閉めて振り返ると、シェフが厨房に入ってくるとことだった。私を見て「あれ、早いね」と言う。
「シェフもずいぶん早いですね」
「仕込みの確認とか、そのほか諸々あるんだよ」
「にしても早くないですか?」瀬上さんがシェフに連絡を取ってくれていただろうから、見に来てくれたのかもしれない。
「ちょっと早くに目が覚めてね」とシェフは笑い、
「甘いにおいがするね。何か作ってたの?」
私はニヤリと笑ってみる。
「内緒です」
6
大きな夢を持った人や、強い意志を持った人には、その意志を完遂してほしいと思う。まだ迷っている人にも、進むための何かを見つけてほしいと思う。
だから、営業時間じゃないときには、ここで働いている人たちは好きに料理をして良いことにしている。余った食材ももったいない。実際、自分がここでシェフをやる前から、そういうことは行われているらしい。もちろん、勝手に作ったものをお客に出すということはしないが。
いつもより早くかけた目覚ましが鳴るよりも、随分前に目が覚めた。不思議と眠くないので、出かけることにする。朝から仕込みなんかをする人もいるだろうから、早くに行くに越したことはない。誰にも見られないようにするためには。
予想通り、というか勿論、まだ店には誰もいなかった。「さて」と一人呟いて、僕は準備に取り掛かる。
必要な食材を並べ、調理機材の準備を整える。食材は自分で買ってきた。特にメインになる果物は、一番状態の良いものを選んだ。