そしてカクテルの販売を始めた。
数日が経った。
評判の方はというと、さほど悪くはない。ほんの数日なのでまだどうなるか分からないが、頼んでくれるお客様は結構いた。
「『九州』下さい。」
「俺、『北海道』。」
若いカップルが日本地図を見ながら注文する。様々な人が注文していく中で意外だったのが、カクテル以外に日本地図自体にも興味を惹いてくれていた。『行ってみたい所』や『自分の地元の話』を地図を使いながら楽しそうに話していた。
「なんで東北は白いんですか?」
こんな質問をしてくるお客様もいた。
「やっぱり東北と言ったら雪かなと思いまして。」
「え~、じゃあ赤でもいいですよね。リンゴもあるし、さくらんぼだってある。」
「すみません。参考になります。」
「いや、でも恐山が一番有名ですよね。じゃあ色はなんですかね?イメージ的には灰色?」
話を聞いていくとその人の出身は青森だった。
そして、もちろんあの新潟の地方名を『中部』にした事に異を唱える人もいたが、それはそれとして意見交換をして会話を楽しんだ。
劇的に何か変わるわけではなかったが、以前と比べて少しだけお客との会話は増えた気がする。
「どう?調子は?」
様子を見に来たのか、一ノ瀬がニヤつきながらお店に入ってきてカウンターにどかっと座る。
「まぁ、不評ではなさそうですね。」
「そう、よかったじゃない。」
「少しですけど、お客様もSNSにちょこちょこ書いてくれてるみたいです。」
「そうなんだ。少しづつでも広がってくれればいいね~。」
「はい。」
「じゃあ今度の会議の時に報告よろしくね。上には試しにスタートさせてるって伝えてるからさ。」
「ありがとうございます。」
「先にやっちゃうって俺の判断は正しかったね。」
「・・・そうですね。」
悪びれる様子もなく一ノ瀬はニヤついている。元々こいつはこの企画にはなんの興味もなかったはずなのに、少し良さそうな雰囲気を感じ取ると自分発信でやったみたいな事を言い出す。本当に調子のいい男だ。
「俺はなんとなくいい感じになるんじゃないかなって思ってたんだよな。」
一ノ瀬は真顔で言ってくる。正気なのかこの男は。どこで記憶がすり替わるのか知りたいくらいだ。
「一ノ瀬さんも飲まれますか?」
「いや、大丈夫。俺、酒飲めないから。」
「・・・。」
「じゃあ、そういう事で。」
片手を軽く挙げて、一ノ瀬は帰っていった。
「・・・。」
「なんなんですか、あれ?」
傍目で見ていた立花君が怪訝な顔をして近寄ってきた。
「さあ、暇なんじゃない。」
申し訳ないと思ったが、ちょっと邪険に言ってしまった。
その後、会議でも状況を報告して『地方名カクテル』は暫く続ける事になった。
「47にしたら?」
と、会議はもちろん、お客様からも従業員からもこの提案は言われる。けれどアイディアの問題がかなり大きいので止めている。そっちの方がいいのは分かっているが、なかなか手が出せないでいる。
「それはちょっと辛いっす。」
立花君もやる前から心が折れている。
―――――そして半年ほど時間が過ぎた。