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『眠らない街、立ち止まること、奇跡なんじゃないかと』赤西柊

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 弾かれたように、俺は思い至った。
 大人になるということがどういうことなのか、俺には分からなかった。分からないということが怖かった。まるで未開拓の地に一人きりで足を踏み入れようとしているようで、目に見える恐怖と漠然とした不安を二十歳になったあの日から抱きはじめ、それは日に日に大きさを増していた。夜、すこし眠りにくくなった。
 だけどたった今、分かった。答えじゃない。
 そんなことで悩まなくてもいいだけなのだ。恐れることはない、焦る必要などどこにもないのだ。だって、あの彼らでさえ、社会の中で立派に役割を果たしている。彼らがこの街を支え、ビルの窓のまばゆい光となって夜を照らしている。
 だったら俺も、それなりにやっていけるはずだ。大丈夫、大丈夫なんだ。その言葉を頭の中で何度も反芻させた。不安や憂いだったものは、気づけば安堵と喜びの感情に変わっていた。
 しかしその後で、俺はどうしても見当違いの安心を見出している気がしてならなくなり、しだいにそんな自分がひどく醜悪な存在に思えてきた。ふいに腹の底からどろりとした熱いものが迫り上がってきて、とにかくこの場所から離れたくなった。ここにいてはいけない──いるべきではないと強く思った。人と人との間を縫うように俺は早足で進みだした。
 その途中、人が一番密集したあたりで、正面から同じような速度で近づいてくる一人の女子高生の存在に俺は気がついた。彼女もこちらに気づき目が合い、お互いすぐに逸らす。
 俺たちはすれ違う。──その瞬間。
 あの子、どこかで。どうしてかそう思った。
 それでも立ち止まることはなく俺は歩き続けた。

 人ごみを抜けると、足を止めて、男と女はほとんど同時に振り返った。
 お互いの姿は見えない。
 二人は、再び歩き出した。

「あぶなー、間に合った!」
 と、いつもは仕事が始まる十五分前には店にいるはずの山中さんが、珍しく時間ぎりぎりにやって来た。それ以外には特に変わったこともなく、俺は重苦しい気持ちを忘れたくていつもより集中してバイトに取り組んだ。そのせいか時間が経つのがはやく感じられて、一日の疲労を実感するころには賄いの時間になっていた。席に座ると爪先の方からじわじわと痺れがのぼってきて、そういえば今日は歩いてここまで来たのだと思い出し、芋づる式に火事現場でのあの光景が頭をもたげた。
 俺はスマホでSNSのアプリを開き、「火事 新宿」と検索欄に入力した。
『近所で火事だ! 大丈夫かな……。』
『店の人が心配だな。無事だと良いけど。』
『火の手はかなりのものだった。消防はほんとによくやった!』
『雨降ってない日に限ってこれか。神様って無慈悲だな。』
 その他には新聞会社やニュース番組のアカウントの投稿もあった。月並みな心配の言葉に添えられた写真や動画。俺は思わず笑ってしまう。
 さらに下にスクロールしていくと、ある一枚の写真つき投稿が目に留まった。
 画像を拡大して、俺は息を呑んだ。
「──ねえ実くん、すごいもの見せてあげる」
 いつもの優しい口調でそう言って、更衣室の方から山中さんが歩いてきた。手にはスマホを持っていて、細い指の先を画面上に滑らせている。
 肋骨の中でにわかに心臓が暴れだす。山中さんが何を見せようとしているのか、俺にはたぶん分かってしまった。俺はもう一度自分のスマホに目を落として、さっきの写真を見た。

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