燃え盛る炎にカメラを向ける人々と、その一部となった山中さんの姿。
「ほらこれ、私が撮ったの。どうかな?」
隣に立った山中さんはにっこりとしてスマホを差し出してくる。頭の芯が猛烈に震えているのを感じながら俺はそれを受け取り、そして見た。
まるで命が吹き込まれたように風に靡き、建物を侵食している火。まだ火の手があがっていた時の写真だった。
「へえ。きれいに撮れてますね」
努めて笑顔を取り繕いながら、
「でしょー?」
崩れだしそうに絶望的な気持ちに、俺はなる。
バイト終わりの夜道を俺は独り歩いた。追い越していく人たちの背中が、距離以上に遠く見えた。いずれこんなふうに、俺だけが世界に置き去りにされていくのではないだろうか。そんなありえないはずの未来を想像しながら、ありえないと一蹴できない自分がいた。空模様はすっかり梅雨の表情をとり戻し、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした分厚い雲が夜空にかかっていた。
それなのに、傘も持たない俺の足はアパートには向かっていなかった。
間断と傘を叩く雨音。濡れたアスファルトを歩く人々の足音。
数時間前はあんなに人が集まっていたここにはもう、誰も立ち止まらない。いつものように皆、追われるように何かに急いでいる。
世界は何かを得ながら、何かを失って回っている。失うものはきっとすごく大切なもの──どんな仕事に就くのかよりも、素敵な恋人をつくることよりも、お酒の味を知ることよりも。
一年前のあの日、眠らないこの街の片隅であの人と出会って、私は、広大な荒野のど真ん中に放り込まれてしまったような気がする。──いや、多分本当はもっとずっと前からで、あの人はそれを私に気づかせてくれた。
あの人は見つけられたのだろうか。もしももう一度あの人に会えたら、どうしてもそれが訊きたい。そうじゃなかったら、一緒に探したい。
もう一度会えたなら。
「……もう一度、会いたいな」
そう囁いた時、眼前の車道を一台の大きなトラックが通過した。理由もなく茫然と、私はそれを目で追った。
その先に、彼がいた。
水の匂いに満たされた街の光の中。傘もささずに、まるで迷子のような目でただ切実に私を見ていた。
顔も名前も知らないあの人が彼だと私は確信して、それと同時に理解した。彼もまだ、もがいているのだと。
火事の現場に戻った俺の前に、傘をさしたその子は立っていた。
どこまでも動き続けるこの世界で、その子だけは立ち止まっていた。目が合った瞬間、わけも分からないまま、ただただどうしようもなく涙が溢れ出しそうになった。
また俺は彼女に救われていると、泣き出しそうに思った。
「あのっ」
気づけば俺は彼女を呼んでいた。
すると、雲間から月が顔を覗かせたように、相好を崩して彼女は言った。