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『眠らない街、立ち止まること、奇跡なんじゃないかと』赤西柊

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 東京。夜。
 雨。
「あのっ」
 いつの間にか梅雨の終わりはやってくるように、それは何の前触れもなく唐突に私の前にあらわれた。
 水の匂いに満たされた街の光の中。傘もささずに、まるで迷子のような目でただ切実に私を見ていた。
──あの人だ。私はそう確信した。


「では本日は、我らが建築学科所属、上ノ原実くんの飲酒解禁を祝しまして……乾杯っ!」
 カチン、という八人分のジョッキグラスのぶつかる音が六畳ほどの座敷席に響き渡り、余韻も残さず消えていく。店内は騒然としていて、盛り上がった団体客のコールの声や料理やたばこの匂いが無遠慮に混み合っていた。
「いやー、実もついに二十歳か」
「ようやく大手を振って酒がのめるな」
「何言ってんだよ。コイツが今までに人目を忍んでたことあったか?」
「だっはっはは、それもそうだ」
「そう言うお前だって一年のときから平気で飲んでただろ」
「バカ、俺は二浪生だよ」
 一人の奴がそう言って、どっと笑いが起きる。ビール一杯目からこの調子だと、主役の立場としてはこの後の身の心配が絶えない。いつこのテンションのベクトルがこちらに向けられるのかと怯えながら、かくれんぼをしているような気分で俺は存在感を背後の壁に一体化させる。飲み放題のタイムアップを今から祈る。
「おい主役、そろそろ一気飲みといっとくか」
 いつの間にか机の上には二合徳利が置かれていた。猪口はない。ああ、バイバイ理性。
 俺は覚悟を決めて徳利を持ちあげ、口元に近づけて離す動作を一回挟んでから、今度は躊躇うことなく顎を天井に向けた。冷えた日本酒が喉を流れ胃に注がれる感覚と、周囲から湧き上がる拍手と喝采。「まだいけそうだな」という声がして、それからのことはほとんどなにも覚えていない。
 ただ、宴もたけなわとなったころ、ぽつりと誰かが言った言葉だけはなぜか、おぼろげな意識のなかに鮮明に残った。
「今日から実も、大人だな」

 香川で山に囲まれた生活を送っていたころは、同じ国にこんなにも明るい夜があるのだということを知らなかった。街にすっぽりと蓋をする低い雲がピンク色に塗られている。地上の光が夜空の色を変えているのだ。
 かつて俺は、この東京という街のスケールの大きさとそういった未知の部分に何度も驚かされた。すれ違う人はみんな他人で、背の高いビルがまるで山の峰ようにいくつも連なっていて、コンビニやマクドナルドを見るとどこか安心した。そんな場所に一人で暮らしていく新鮮さや心細さと、故郷でつねに感じていたあの窮屈さを比較して一喜一憂できることが素直に嬉しかった。でも、あれから二年近く経った今となっては、この光景こそが日常のものとなっているのだった。
「……やべえ、吐きそう」
 流石に今日はちょっと羽目を外しすぎた。というか、俺にばっかり飲ませてこんなに酩酊させた挙句、一人で帰れるよな、気をつけてなとあっさり言い残して颯爽と二次会に行ってしまった他の連中は今日の主役が誰なのか忘れているのではないだろうか。まあそれでも、誕生会を開いてくれたことには感謝している。そんなことを考えながら、飄々とした足どりで新宿に借りているアパートへの帰路についていた。

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