ニヤリと口角をあげ、嘲るように二人は答える。
「金曜ロードショー」
「やっべ、バイトのこと完全に忘れてた!」
最近は就寝時間が不規則だったから曜日感覚がおかしくなっていた。金曜日は、俺は毎週バイトをいれているのだ。慌てて立ち上がりリュックを背負い、早足で扉へと向かった。
「あ、実。来月の誕生会楽しみにしとけよ!」
二十一歳も盛大に酔いつぶしてやるからなと、そんな恐ろしいセリフを背中で聞きながら部屋を後にした。
学外に出ると俺は駆け足になる。焦っていた。すでに遅刻が確定しているバイトではなく、もっと先の遠いところ。
俺には未だ霞んでいるその場所が、道林と足立の目には確かに映っている。そのことに莫大な焦燥を覚え、同じくらいの大きさで羨ましいとも思った。
「店員さん注文いいですかー?」
「さっき頼んだハイボールまだきてないんですけど」
「箸一本もらえる? 落っことしちゃってさ。だっはっは」
「あははーすんません、トイレってどこっすか?」
微酔いの男性客をトイレに案内し、ドリンクの注文が入ったので厨房に戻ろうとした時だった。
「あんたねえ、さっきから私が気づいてないとでも思ってるわけ?」
がっちりとした肩幅で頭にサングラスをかけたアロハシャツの男と、ボディラインが強調された白シャツを着た艶めかしい雰囲気の女性が向かい合って座るテーブル席から、そんな嬌声が聞こえてきた。
「さっきからチラチラと、あの女の店員のこと見てるでしょ」
女性はそう言って、他のテーブルで接客中の山中さんを指さした。ああ、と他愛もないことのように男性は言う。
「綺麗な顔してるよな、あの子」
「うるっさいのよこの色黒ゴリラ! 私だってあと十年若かったらねえ……」
「はいはい。嫌なことは飲んで忘れな」
元凶が言うなあああ、と酒を煽る女性。
仲良いな、あの二人。微笑ましく俺はそう思った。
バイトの休憩時間に山中さんと二人になったので、その話をしてみた。
長いまつげとぱっちりとした二重瞼の目元を眩しそうに細めて、山中さんはふわりとした笑みを浮かべた。見慣れたはずのこの笑顔に俺は今日もドキッとする。
「いいよね、そういうの。私憧れちゃうな」心臓を直接撫でられるような甘い声。「実くんにはそういう相手、いるの?」
「いえいえいえいえ! いるわけないですよ!」
「そう。私も」
俺で良ければいつでも、なんて言える度胸はない。それに万が一にでも成功してしまった場合、他のバイトの先輩たちに一生呪われそうだし。
「そういえば、最近の劇団活動はどうですか?」
「あー……、うふふ」意味ありげな笑い声を漏らす山中さん。
「え、なんですか。めっちゃ気になります」
「それがね、次の公演で、そこそこ重要な役をやらせてもらえることになったの」
「ええ! すごいじゃないですか、おめでとうございます!」